小池はその前からユックリと首を振っていた。それから、両手で頬ずえを着いた。その顔は、タバコの煙でむせたわけでもあるまいに苦しげであった。

 「おれはよ」彼はポツリと切り出した。「娘が生まれたとき、美しい雪のように清らかに育つようにと、美雪とつけたんだ。それがどうだ?今じゃ、オマンコの回数で世界記録を狙えるような女になっちなってる。どうしてだろうな?」

 「また、その話か?」

 下田はタバコを下に捨てた。もみ消す必要はない。どこからか、逆流してきた排水で床は常に濡れているからだった。

 「男にもてるってのは女にとって悪いことじゃないよ。女の価値は、しゃぶったチンポの数で決まるっていう奴もいるぐらいだからな」

 下田がそうつけ加えたとき、若い男がふたり、ドカドカと階段を降りてきて勝手口から外に出ていった。すると、入れ替わりに似たような3人組が入ってきてもっと乱暴に階段を昇っていった。

 「慰めてくれてありがとうよ。いつもそうしてくれてありがたいと思ってる。でも、娘についての考え方は変えねえ。おれの娘はろくでもない淫売になっちまった。どうしてだろうな?おれはそのわけを知りたいんだ。おれは娘に美雪っていうこれ以上にない清らかな名前をつけたのに、糞を塗りたくったような小汚い淫売になっちまった。どうしてだろうな?」

 「・・・」

 下田は黙った。だが、理由を知らなかったわけではない。何年か前、美雪がもっと幼かった頃、性行為をした後で、彼に打ち明けてくれた。最初に、父親に犯されたことを、そして今でも犯され続けていることを。彼女はその時泣いていた。

 彼女は小池太郎によって、この世に送り出されたわけだが、生きる道すがらもハッキリ彼によって示された。だから、今現在もその方針にしたがって記録をめざして邁進中というわけだった。

 頭がチリチリしてきた。この頃は少しでも思考に沈むと症状が出て来る。

 「話題を変えようや」下田はいった。「美雪ちゃんのことは今さらどうにもならないよ。いいじゃないか、記録を作ったら作ったで」

 「そうだな」小池太郎はニタリと笑った。落ちくぼんだ目が妖しく光っていた。

 彼は立ち上がって、業務用冷蔵庫からビール瓶を2本提げてきた。そして、デスクの上のコップにつぎ始めた。下田は泡が吹きこぼれるのをジッと見ていたが、突如、右手でパチンコのハンドルを握る格好をしていった。その手は、ビール瓶を握る手とは正反対の様子だった。つまり、女のように白くしなやかだったのだ。

 「どうだい?この頃の調子は?」下田がこう話しかけた時、小池はビールを煽ったところだった。

 「可もなし、不可もなしというところだ。だが、今は止めている」パチンコ台の変遷は早いが、彼らふたりはできたときからの海ラーで他の台への関心は薄い。「魚群というものが信じられなくなったからだ。なあ、デー坊、あの魚群てのは一体何だと思う?」

 「・・・」下田は答えずビールをチビリとやった。困惑していた。魚群の正体については、小池よりくわしいものはいないと下田は思っていたからだ。何しろ小池は、コレまでズッとその出現を待ちわびて、それこそ新記録を作りそうなほど、膨大な時間をパチンコ台の前で費やしている。

 「魚群がどうしたって?」下田はあきらめムードでいった。

 頭が痛み出している。彼は今日、あることを告白しにここへやってきた。だが、そうできない雰囲気になっている。色とりどりの魚群が、閉じた目の前をザーッとよぎった。ズベ公の話の次がこれなのか?

 

                          続く