「待ってくれ、話を聞いてくれ」

 男はどうやら瞬時に状況を判断したらしい、這いつくばったままいった。目玉がピンポン球のように膨れていた。

 「話を聞けだとこのヤロウ!テメエがなにをしたか、わかっていってやがるのか?」

 辺見は男の紙を掴んで立たせ、壁に押しつけながらいった。

 「なあ、頼むよ。誤解なんだって、頼むから話を聞いてくれよ。話せばわかるんだからさ」

 男はわめき散らしていたが、すぐに辺見に首を扼されて黙った。青白かった顔色が見る見るうちに赤黒く変色していく。

 「真剣にそう頼むんだな?」

 辺見はジリジリと力を加えた。とうとう、男の顔はうっ血して、腐ったトマトのように膨らんでしまった。それでも、男は目をしば立たせて意志表示をしようと努めていた。

 「だったら、そうしてやってもいい。話を聞くことはおれの仕事でもあるんでな。なにか、上に羽織ってこい。ユックリ聞いてやるからよ」辺見は手を離した。

 男は喉を押えて激しく咳き込んでいたが、しばらくして体を起こすとチラリと犬神の方を見ていった。

 「なあ、勘弁してくれよ。話は中ででもできる。今日はもう、外に出たくない気分なんだ。中には冷たいものもある。それを飲みながら話そうや。もう、夜更けで寝る時間だし外に出るのだけは堪忍してくれ」

 「うるせえ!ピイピイ騒ぐな。夜更けだとわかっていたら、もっとおとなしくしろ。おまえの小汚いヤサでなんか話ができるかよ。ダチだっているんだ。狭すぎるだろ。さあ、なんか羽織ってこい。これはおまえのためにいってやってるんだぞ。おれは今のマンマの格好だって構わないんだからな」

 「わかったよ、なんか着てくらア」男はあきらめたようだった。黒い背中を見せて、奥に入っていきジャンパーを引っかけてすぐに出てきた。途端にいう。

 「なあ、辺見さん。おれはアンタが、なにをこうも怒っているのかがわからねえ。真っ先にそれを説明してくれ」

 「うるせえ!今は話す時じゃネエ。話すときはちゃんというからよ。今は黙ってろ。ただ、歩いてりゃいい」

 辺見は男を引っ立てるようにして歩き出した。犬神はその後を黙って着いていった。停めた車まで来ると、辺見が男にいった。車のトランクを開けながらだった。

 「中に入りな」

 男はビクンとし、信じられないというような顔で辺見を見つめた。

 「冗談だろ。この中にはいれだなんて、マジの訳ないよな」

 「ところがマジなんだ。おまえはこんなかに入るんだ」辺見は平然という。

 「止めてくれったら、悪い冗談は。これがなんだか知ってていってるのか?これは物や道具を押し込めるトランクだぜ。間違っても、人間が入るところじゃないんだ。夜中に人を連れ出しといて、こんなかに入れたあ、嫌みが過ぎるぜ。旦那」

 「ツベコベいわずに、さっさと入るんだ。人が見てるだろ」

 確かにそうだった。少し離れた自販機の所で、たむろっていた連中が成り行きを注目している。

 「なあ、頼むってば」男の声は震えていた。「おれが何をしたってんだ?いってみてくれよ。話をする約束だろ。話をする人間をこんな中に押し込めるのか?話をするといって連れ出しといて、いきなりこんなとこへ押しこめるのかよ。ひでえじゃネエか。ここは火葬場の真ん前だぜ。これじゃ、棺桶の中に入るようなもんじゃねえか。嫌だ!おれは絶対に入らん。死んだって入るもんか、、、」

 そう途中までいいかけたとき、男の腹に辺見の拳が突き刺さった。ズボッと音がし、男はトランクの中へ前のめりに身をかがめる格好になった。その好機を辺見は逃さなかった。両手で男の脚をさらうと、男はもんどり打って中に転げ落ちた。辺見は煥発を入れず蓋をしめた。

 

                           続く