「もしだよ、娘を生きたマンマ、救い出すことができたら、県知事はおれになにをしてくれると思う?」犬神は聞いた。

 「そうさな。大喜びして、なんでもしてくれるんじゃないか。後々まで恩にきて、でっかい後ろ盾になってくれることは確かだと思うよ」辺見が答えた。

 「だろ、そうなりゃ最高だな。何かでトラブった時でも、電話一本かけりゃすむ。まるで、黄門様の印籠もってるみたいなもんだぞ。これは」

 「それはいいな。おれも是非、サブちゃんにそういう立場になってほしいな。ついでにおれもかばってもらえるからよ。でも、時間がねえぞ。日を経るにしたがって、娘の生存率は落ちていく。実際のとこ、ここ何日間が勝負じゃないか?そんな短期間で犯人を割り出せるかね?」

 「だからよ。京極がいるだろう。さっき、ソッチは京極のことを悪くいうなといったが、悪くはいっても、甘くは見てねえぞ。奴のことはよく知ってる。奴はプロだ。キチガイを扱わせたら、奴の右にでるものはいない。奴には、金鉱脈を探りあてるアラスカ犬みたいに、ワンワン吠え出す能力があるんだ。おれは信じてる」

 「だなあ、奴なら花札をめくるみたいに、ピタリと当てるかもしれない。おれもそんな気がしてきた」

 と、辺見がいった時、階段をギシギシきしらせて太ったママが2階から降りてきた。

 

 「さあ、きれいに洗っといたよ。アンタラが食べやすいようにね。いってみなよ。鏡餅みたいにピカピカにしといたから」

 彼女は流しで手を洗いながらいった。その図体は自分こそ重ねた餅の塊のようで、狭い所に入ると余計に存在感が際立った。

 色黒で、墓から掘り出された土偶のように顔の造作が大きい。ぐるりにペンキを塗れば、女子プロレスの悪役になれそうだ。

 「アンタラ男は、いろんなことが楽しめてうらやましいよ。わたしときたら、パチンコ玉を追うことしか楽しみがないんだからね」彼女がいう。

 「そいで、どうなんだ?ここんとこの成績は?」辺見直介が立ち上がりながらいった。

 「それがさ」太ったママはすぐさま振り返った。男ふたりはその顔を見て、ギョッとなった。なにかに食いつきそうな表情をしていたからだ。

 「聞いておくれよ。朝から魚群をはずすこと続けて8回だよ。連続で8回もはずしたんだ。ただの一回も当たりゃしない。こんなことが本当にあっただなんて、わたしは今でも信じられないんだよ」

 「続けて8回もかよ?そいつは信じられないなあ。というか、あっちゃあいけないことだ」辺見がいった。

 「でしょ?わたしは悔しくって悔しくって、このままじゃいられないんだ。だから、2階に行く前に、ちょっとだけでいいから、わたしの相手をしておくれよ。チンポでもしゃぶらなきゃ、この気持ちはとっても治まらないよ。ねえ、ナオさん。お願いだから、ちょっとだけやらせておくれ。ナオさんがきたら頼むつもりでいたんだ。だから、娘は念入りに洗って置いた。あのドロ人形を綺麗にするのに、ワタシャ、一時間もかけたんだからね。ちょっとは褒美をちょうだいよ」

 「しょうがねえなあ。ママに抜かれちまうと2階に上がる気がしなくなるかもしれないじゃないか。しかし、マア、そこまでいわれちまうと、そうしないわけにはいかなくなる。なんしろ、ママには世話になってるからナア」

 辺見直介は浮かしていた腰をあきらめたように止まり木に戻した。

 

                             続く