犬神三郎が京極進の電話を受けたとき、彼は辺見直介と場末の酒場にいた。時刻は夜中の11時になろうとしていた。
京極は捜査のメドが立ったといった。犬神はまず、電話のかかった時間のことをクドクドと非難し、いつものように意味もない馬鹿げたジョークで散々からかってから、ある程度の期待をこめて、そのメドとやらを話せといった。
「だめです」
京極は厳しく拒否した。話してもよかったが、その気力が残ってなかった。セックス狂の女医に散々嬲り尽くされ、ほうほうの体で自室に転げ込んだ始末だった。
「これは極秘事項です。携帯で話すようなことではありません」
「だからよ。丸々話せってんじゃねえ。ほんの触りだけを述べるだけでいいんだ。そしたら、おれはそれに満足して、深くは聞かねえことにするからよ」
「だめです。だめなもんはだめ。明日昼頃、主任の官舎に行きます。だから、ブザーが鳴ったら、出てきて下さいよ。その時糞をしてたら、さっさと切ってね。お願いしますよ」そういうと、電話はウムをいわさず切れた。
「なんだこのヤロウ、切っちまいやがった。まったく、勝手な野郎だよ」犬神は携帯をしまった。
「だれだ?京極か?」隣の辺見直介が聞いた。
「そう、あの阿呆う」犬神が答えた。「でも、京極だとよくわかったな?」
「話し方でな。サブちゃんと京極はいいコンビだ。マジで最高だと思うよ」
「よせやい。あんなんと組まされて、おれは悲劇なんだぜ。あいつはその辺に転がってるなんの変哲もない石ころをじっと見つめるような男なんだぜ」
「その石ころに意味があるからなんだろうよ。だから、奴はそうしてた。なあ、奴を悪くいうのはよせ。奴が凄いデカだってことは皆の一致した意見だし、おれもそう思っている。きっと、サブちゃんだって本当はそう思ってるはずなんだ。マジであんなのは、チョイといねえぞ」
「・・・」犬神は沈黙した。辺見の言い分は充分理解できたが、認めることが悔しかったのだ。
「ところで、なんか事件かよ?」辺見が聞いた。彼は目刺しを頭からかじっていた。苦いところが、酒に合う。
「県知事の娘が浚われた。今日で4日になる」犬神は躊躇なく答えた。
「へえー、大事件じゃネエかよ。ちっともしらなかった」辺見は顔色を変えた。
「だろうよ。おれらだって、昨日、知ったばかりだ」
「すると、特命が下ったんだな。あんたらふたりに?」
「その通りよ」犬神は酒をあおった拍子に胸を張った。
「ホレ見ろ。見てる人はちゃんと見てるんだって。あんたらは県下じゃ、最強のコンビだよ。一課のゴミどもなんか、足元にも及ばない。ひょっとしたら、東京中探したって、あんたらみたいのはいねえかも知んねえぞ」
「そいつはどうかな?」犬神はせせら笑った。「でも、おれらも警官である以上、命令は聞かなきゃなんねえ。努力しなければいけないんだ」
「そうだな。仕方のないことだ」辺見は相槌を打った。「でも、考えようによっちゃ、やりがいのある仕事じゃないか?もし、お嬢さんを救い出すことができたら、県知事がとんでもないお礼をくれるかもしれないぞ」
「おれもそのことは頭にある。でも、京極の野郎は娘は死んでると断言しやがるんだ」
「なんでよ?犯人にとっちゃ、娘は金を毟るための大切な人質だ。そう簡単に殺すとは思えないね」
「ところが、犯人は一銭つうたくりんも要求しちゃいねえ」
「なに?わざわざ、知事の娘を浚っといて、金を要求してネエって?どういうこったい?」
「だからよ。異常者の仕業だってんだな。娘にイタズラしたくって浚ったとこういうわけだ」
「・・・」辺見は目刺しを横ぐわえにしたまんま、と散らかった頭の中を整理しようと努力しているようだった。
続く
追伸 今、熱心な読者さんに対して感謝をこめてサブアカのイイネを発行しております。
本当に毎日読んでくれてありがとう。 大道修