京極進はミカエル・トウリを無秩序型の典型だと見なしていた。なるほど、彼はそう分類された多くのものたちとは違って、徹底的に捕まることを拒否し、逃げまくった。この要素だけをとらえて、彼をテッド・バンディのようなずる賢い頭脳を持つ秩序型の犯罪者に、強引に組み入れようとする学者もいる。だが、そうではない。彼は精神を患い、動物化が進んでいた。動物が捕まるということは、死を意味する。だから、本能に従って逃げた。ただ、それだけのことである。ホーバールは胸部はもとより、背中に異常な発毛が顕著だったと記録している。トウリはなにかに変貌しようとしていたのだろうか?

 信号が赤になった。

 止まった。京極がボンヤリしていると、ドアが開けられて、男が”もっと、速く走らせろ”と怒鳴った。頭を刈り上げた人相の悪い男だった。京極が降りようとすると、男はドアを閉めて去った。

 信号が変わった。京極はもっと、ノロノロ車を走らせた。

 ”赤い月”がある。

 トウリが残したものと同じモノである。犯人はそれを家族の元へ送りつけた。その行為をどう捕らえるか、京極は模索していた。

 ”挑戦か?”

 おそらく、捜査員の中にはそう感じたものも多くいたはずである。彼らは血相かえて町や村に飛び出した。事実”赤い月”が届けられてから、延べ数千人に及ぶ捜査員が投入されている。たった3日間の間にである。それでも、犯人の検挙はおろか、重要な手がかりを掴むに至ってない。板橋教授の薫陶もあったろうから、初動に大幅なズレはなかったはずだ。すると、やはり捜査員の質の問題か?網を広げれば広げるほど、捜査員の質は落ちる。秀でた識感を育てるには、才能もいれば経験もいる。若い警官にそれを求めるほうが、無理というものである。

 警察庁が極秘裏に作成した内部白書がある。30歳未満の男性警察官の遊興に関する身辺調査である。対象者の総数は隠されているが、恐るべき結果が出た。サラ金などに借金のあるもの75%、競馬、パチンコなどのギャンブル歴のあるもの70%、風俗などで売春婦と関係したもの80%となった。露見を恐れ、策をろうして遊び回っているものも数多くいるだろうから、実際の数値は各項目とも、限りなく天井に近いと言い放った調査員もいたという。こうなると、そこら辺の暴力団と何ら変わらない。

 車が幹線道路に出た。

 二車線になったので、後につかえていた車群が勢いよく追い抜きを始めた。すると間もなく、ガツンという大きな音がした。対向車の大型トラックとだれかが衝突したらしい。後続車がよけようとして路肩に吹っ飛んでいた。京極は事故渋滞を恐れて、その時だけスピードを上げた。

 ”犯人を網にかけたが、見逃してしまったのか?”彼は自嘲した。

 

                         続く