ーゴロツキが喧嘩を始めたぜー

 中の一人がいった。上半身裸の彼は、痩せてはいるが、肩や腕にゴツゴツした筋肉を備えた男だった。

 「殴り合いが始まったらすぐに、どちらかがヒカリ物を出すかもしれない」

 違う男がいった。彼も同じように裸だったが、黒いランニングでも着ているかのように胸と背中にビッシリと剛毛が植わっていた。

 「あのノッポは強そうだ。長い髪が、まるでアンダーティカー見てえだ」

 また違う男がいった。小柄な男だったが、メガネをかけ、そりあげた頭は手に持ったシャベルよりも光り、尖っていた。

 「いやあ、もう片っ方のほうだって。見ろ、あの色の黒いこと。ああいった奴は、なにしたってまいらねえんだ。まるで、草原を駆けめぐる動物みたいだ。おれは、あんなのとはやりたくないね」

 4人のうちの最後に、色白の男がいった。どういうわけか彼は、ネクタイこそしてなかったが、真っ白なワイシャツを身につけていた。

 「そういや、腰にチャンピオンベルトを巻いたボクサーに似たようなのがいたな。チョコチョコ動き回って打ちまくり、相手がマットに尻餅をつくまで、それを続ける奴だった。試合が終っても、奴はそこいらじゅうを飛び跳ねてた」

 つるっぱげがいった。その時、ヘルメットをかぶり腕章をした監督が彼らの背後から近づきいった。

 「ほうれ、早いとこ、ほじくっちまいな。手を休めていいときは、おれが笛を吹いた時と、下から小判が出てきたときだけだぞ」

 4人の人夫はハッとし、歩道にいる犬神と京極をもう一度見やってから、めいめいにウンザリした顔で手に持った道具を地べたに打ち下ろし始めた。

 

 「だけど、コッソリ使う分にはいいでしょう?どうしても、容疑者は複数でる。だから、彼らにコッソリ内偵して貰うんですよ」

 京極進は人夫たちに注目されていたとは知らずにいった。その時、大女と小男のアベックが、ちょうど彼の脇を通り越そうとしていた。

 犬神三郎は口を真一文字に結んで、ポケットに突っ込んでいた両手を出し、通り過ぎた大女のタプタプ揺れる尻を一瞥してから、ベッと唾を地面に吐いた。彼はしばらくなにもいわず、あたりをキョロキョロ見回す仕草をし、もっと興味を引かれるものを探していたが、見当たらなかったのか、また京極の瞳をのぞき込んだ。そうした時はいつもそうだが、彼は腹を立てていた。

 「なあ、あんちゃんよ。京極先生よ」彼はいった。

 「おまえはおれにコソコソしろってのか?おれみたいな堂々とした警官をつかまえて、暗いところを恐れる小僧っこみたいに、とーちゃん、かーちゃんの目を盗んでマスをかけってのか?」

 京極は胸を突き放されると思ったが、犬神三郎はそうはしなかった。やはり、白昼の往来ということが、彼に味方したかもしれない。あろうことか今は、サボり癖のついた人夫たちに変わって、恐いもの見たさの女子高生の集団が、少し離れた書店の前から、ジッとこちらを凝視していた。京極はそれに気づいた。犬神は恐ろしかったが、そのことは彼を嬉しがらせた。だから、勇気を出していった。

 

                           続く