「だったら、どっちにしてもわたしはお呼びでないわけだ」犬神は感じていたことを、皮肉たっぷりに声に出した。

 「違うんです、主任。もう、しゃべらしてくださいね」京極がいった。

 「しゃべりたければしゃべればいいだろう。そろそろ、おまえの番だ。ただし、つばは飛ばすなよ」

 「”ミカエル・トウリ”彼はタダの愚直な農民です。だけど、彼の本質を述べることは難しいし、時間もかかるので割愛させていただきます。学問と違って捜査にはあまり関係のないことですからねえ。さて、ミカエル・トウリは折り紙つきの変質者であります。だが、その規模において、殺した人数というわけですが、彼は大物では決してない。どんなに多く見積もっても、10人は殺してないというのが大方の見解ですからね。ジョン・ゲイシーは50人、テッド・バンディは80人、ヘンリー・ルーカスは250人、”アンデスの怪物”ペドロ・ロペスにいたっては400人以上を殺している。もちろん、自分の手でですよ。爆弾などの大量殺戮兵器などは用いずに、自らがひとりひとりを絞殺し、握殺し、刺殺し、射殺していった。彼らは教科書にのるような連続殺人者です。だが、ミカエル・トウリは彼らほどじゃない。シリアルキラーとしては獲物の数が少なすぎる気がする。だから、彼は教科書に名前を上から順番に列記されるとき、隅っこに追いやられる存在だった。だが、彼はその隅っこで燦然と輝いている。なぜだかわかりますか?その合理性もさることながら、彼は唯一、最後の最後まで、法の執行官と戦い抜いたサイコパスなのです。名だたる異常者も、目の前にバッチを見せられればたちまちシュンとなった。ホッとして、泣きべそをかいたものもいたと伝えられている。だが、トウリは抵抗した。抗い続けて官憲を手こずらせた。確かに、テッド・バンディは2度脱走している。ミカエル・トウリも2度捕まり、2度とも脱走している。だが、バンディのように3度捕まることはなかった」

 「というと、逃げっぱなしってことか?」犬神が聞いた。

 「そうです。逃走中に警官をふたりも殺している」

 「レクター博士みたいな野郎だな」

 「”ハンニバル・レクター”は実存しない。だが、”ミカエル・トウリ”は・・・」

 京極は一度言葉を切って、側の男ふたりの目を交互に見つめ、ニヤリとしていった。

 「どこかで生きている。まだ、老衰で死ぬ年ではない」

 「ほう、ご大層なこった。じゃ、おまえはその”トウリ”っていうキチガイが、わざわざ日本まできて、美加子ちゃんを誘拐して食っちまったと、こういうんだな?」犬神三郎は笑った。

 「そうはいってません。ぼくらがこれから相手をする人間は、そうしたそうした怪物であるかもしれないといってるんです」

 「だから、あなたにきてもらった」猫田は犬神にいった。「そんな怪物をしとめられるのはあなたしかいない」

 「そうですね。主任ならだいじょうぶでしょう。きっと勝てますよ」京極も相づちを打った。

 「どういう意味だソリャー、まあな・・・見つけてくれさえすりゃー、かたづけられると思うんだが・・・」

 犬神はいいよどみ、少し考えこむようすだったが、検事さんちょっとといって猫田を誘い、一番遠い窓際まで引っ張っていった。広い部屋だったので、京極との距離はゆうに20メートルは離れた。

 「検事さん、京極に内緒でひとつふたつ質問してもよろしいですか?」

 

                        続く