犬神三郎と京極進は軽い会釈をしたのち、寒々とした雰囲気を感じながらも、動揺を隠して、猫田をジロジロ観察するよりなかった。

 みすぼらしい小男という印象だった。煮しめたようなスーツに、ザンバラ髪と不精ひげ。検事というより食いつめ者とといった感が強い。名前に反して、敏捷性はカケラもない。もたもたしている。ただ、目はキョロキョロとたえず動いている。唇が異様に光っているのは、その合間に舌なめずりするからだろう。

 犬神三郎は職業柄、これまで検事という名のつく人間に数回会っていた。相手が名乗らなかった場合のことを考慮にいれれば、その回数はもっと増えていたに違いないが、いつの場合も、そう名乗った男たちとの面会は、多少の緊張をしいられたものだった。彼らは服装を整え、清潔であり、もっとキビキビ動き、自信に満ちた物言いをする。そういう人種だった。

 だから、注目していた男が、座っている椅子を動かして、真正面から自分ににじり寄ってきた時も、侮蔑感しか湧かなかった。

 猫田は膝小僧が触れるまで、犬神に接近し、京極には独力で、もっと接近するようにいい、京極はそうしたが、その努力がたりないとみるや、猫田は京極の椅子をグイと自分の方へ引っ張った。だから、その拍子に彼のかかえていた資料が均衡を失ってバサバサと床におちた。それを猫田はもたもたと拾い上げ、適当に分類してから、相対するふたりの男の脚に乗せていった。

 「目を通して下さい」

 講堂のように広い部屋で、3人の男たちは鼻面を合わせるように凝り固まり、めいめいに長い時間を過ごすことになった。

 犬神はパラパラと資料をめくり、数分で興味をなくしてうつむいているだけだったが、京極は一枚の用紙に衝撃を受けていた。

 彼の表情はみるみる上気し、汗も噴き出てきたが、他人を巻き込むような変化ではなかったので、犬神は気づかなかったし、もちろん猫田も知らなかった。彼は背広から取りだした自分の手帳を熱心にチェックしていたから。

 「検事さん。できれば口で説明するというわけにはいきませんかね?」

 犬神は憤怒をこらえていたが、とうとういった。

 「だいたいは、呑み込んでいただけましたか?」

 猫田特捜検事が手帳から目を離して答えた。

 「誘拐事件のようですね?」犬神警部補がいった。

 この頃になると、京極巡査部長の様子は、他のふたりの注目をひくほどになった。資料を持つ手がこきざみに震え、パサパサ音をたてるようになったためである。

 「5月14日、登戸町に住む佐藤美加子ちゃん、11歳は遊びに出たっきり、夜になっても帰ってこなかった。消息は今もって不明です」

 猫田が穏やかな声でいった。だが、それっきりだった。また、黙ってしまった。今度は手帳を広げるまでもなく、京極を見やり、その様子を静かに観察している。

 京極はそれに気づいてか、なんとか震える手を押えようと努力しているようだった。だが、パサパサいう音はさらにおおきくなっていった。

 「で、おれたちに何をしろというんです?」とはいったものの、犬神にはだいたいの察しはついていた。

 誘拐事件がおき、検事が暇な部署の刑事を呼び出した。とすれば、捜査を手伝えというにきまっている。

 

                          続く