「わかりました。で、聞きますが、間に合うような時間と言いますと、主任が顔を洗ったり、小便をしたりする時間も加味してってことですかね?」

 「当然だろ、そんなことは。それともなにか、おれはいちいち、小便や糞をすることもあるから、それを加味して、間に合うような時間にきてくれっていわなくちゃいけないのかい?」

 「そうじゃありませんが・・・」京極は口ごもった。

 「なあ、京極」犬神はやさしくいった。京極がそばにいたら、頭をなでられていたかもしれない。

 「おれたちは法を順守する警察官なんだぞ。だから、ことのほか、時間にも厳しさが必要なんだぞ。それを守れるかどうかが、つまるところ、はじめの一歩なんだからな」

 「だったら、ブザーを鳴らす時間をしていしてくださいよ。キッカリ、その時間にいってみせますから・・・」

 「うるさい!問題をすりかえるな。時間はいってあるはずだ。午前10時とな。あすの午前10時、おれたちは県警本部のビルん中に手に手を取ってはいるんだ。その途中の時間は問題じゃない。おれが糞をおっことそうが、おまえが運転中の車に、火星人が円盤から爆弾をおっことそうが、そんな時間は忘れろ。いってることはわかるな」

 「はい、はい、わかりました」

 「返事は一度でいいんだ」

 「はいッ」京極はやけくそで大声をだした。

 「よし、以上で、必要事項の伝達は終わりだ」そういって、犬神警部補は電話を切った。

 

 手は繋がなかったが、犬神三郎と京極進が県警本部を訪れ、案内してくれた女子職員に礼をいい、所定の面会室にはいったのが、きっかり午前10時だった。

 道すがら、火星人の襲撃はなかったし、比較的、交通の状態は順調であった。ただ、市境を越えるバッテリートンネルの中で、前方の車が峠からさまよいでた狸か狐をひいたとかで、若干のロスはあったが、ふたりをあわてさせるほどのこともなかった。

 通された部屋は広々としていて、もっと大勢の人間を詰め込むために作られたものに違いなかった。たたまれたパイプ椅子と折りたたみ式のスチールデスクが、窓際に幾十にも列をなしてたてかけられていた。

 正面には脚つきのボードがあり、映写用の機材も置いてあったので、本来なら、教官が大勢の生徒を指導するような用途に使用されているところなのかもしれない。

 今はただ、中央部のかたづけられただだっぴろい空間に、手に資料をかかえた、たったひとりの男が椅子に腰かけ、笑っているという具合だった。

 その男は、はいってきたふたりを確認すると、どうやら迎えの準備にとりかかったようだ。かかえていた資料を自分が座っていた椅子に置き、壁に寄っていってキーキー音をさせながら、パイプ椅子を3つ引きずってきた。そして、ふたりに腰かけるようにいい、当然、自分もそのひとつに腰かけたのだった。

 「特捜検事の猫田です」男はいった。

 

                          続く