「サア、お入り下さい」そういわれたので、私たちは柳や高遠の後を追って中に入った。玄関が広くてビックリした。6畳はあるんじゃないかと推察する。三和土の石でさえ3メートルはある。下駄箱というには豪華すぎる建具の上には大きな壺や彫刻が置いてある。廊下もピカピカに磨き込んであって、顔を近づければ写るほどである。それは長い回廊式になっていて、豪勢な中庭には色とりどりの美しい花や樹木と共に燈籠や水車も見えた。

 ナンだこの家は?いくら大金持ちだってコレはないだろう。私は異次元に来たような感じになっていた。なんか胸がドキドキする。やがて東山さんが廊下の途中で立ち止まり、そこの襖を開けた。私たちは広い部屋に招き入れられた。床の間の前に座卓が出してあり、恰幅のいい一人の男が高価そうな肘つき座椅子に座っている。それより少し離れた所に男がふたり正座していた。部屋の形状は義行宅に似ているが清潔感がまるで違う。新しくもあるのだろう。畳もあおあおとしているし、床の間の掛け軸や置物も義行宅とは比べものにならないほどの優美さがある。

 「お、来たな」白河先生は柳と高遠を見つけると、嬉しそうに手を上げた。私たちは音を立てないように、座卓の前に座った。

 「テン子、来たか。少し肥えたんじゃないか?ここへ来い」白河はテン子に横に来いと指示している。テン子は背負ってきたリックを下ろすと、そそくさと白河にしなだれかかっていった。

 「うふーん、先生。お金ちょうだい」テン子はピンクの舌ベロを白河の耳に這わせながら言った。

 「オー、気持ちいい。もっと舐めろ。金という紙切れをたんとやるからな。おい、頼房」と白河は離れて座っていたふたりのウチのひとりに手で合図した。

 「ハッ」頼房は右側に座っている男だった。先生の長男だとさっき聞いた。年は高遠らと同じくらいだろう。スーツを着た身なりのいい方である。もう一人は洗いざらしのくたびれた作業服をきた中年男であった。頼房は、豊かな髪を分けて盛り上げ少し長めにしている。銀行員か聖職者のような感じがする。やはり、血は争えない。白河先生と顔の面持ちがどことなく似ていた。その頼房が内ポケットから財布を出し、中を広げて万札の束をつかみ出した。それから立ち上がり、テン子の側に行きそれを差し出した。

 「ほれ」と渡す。テン子はそれを引ったくって上着のポケットにねじ込んだ。でも、大して嬉しそうな顔はしない。体の関係を含めてかなり親しそうだと私は見抜いた。だが、今は何かで揉めているようである。頼房が自分の元いた位置に帰ったとき、その後方の襖が開き執事の東山が部屋に入ってきて、白河の右側に控えて座った。柳が後ろを振り返り、私を見て首をコクッとしたので、私は隣にいた周造を肘で小突いて、共に立ち上がり先頭の柳や高遠と同じ位置に横並びになって正座した。周造と一緒に深々と先生に向かって頭を下げ、上げるなり私は大声で言った。

 「白河先生、お初にお目にかかります。私は明星の会長、大道修です。隣の男は会長代行の茂田井周造です。若輩者ですがなにとぞ、お見知り置きをお願いいたします」また会釈する。

 顔を上げたとき、白河は私を見ていた。ドングリ眼に大きな鼻、耳、口。全て造作が大きい。迫力タップリで、能で使用するお面を思わせた。

 

                           続く