「すいません。言い過ぎました」彼は運転席にもどると頭をペコリと下げた。私は黙っていた。なぜなら、涼を憎いと思ってなかった。いつものようにカッとしただけだということがわかっていた。三井と啓太も画面が切り替わったように、自分たちの食い物を黙々と食べている。たった今終ったばかりの喧嘩はすでに忘れてるようだ。

 この男たちが何を考え、何を礎に生きているのか30年間わからない。後の30年もわからずに終るだろう。だけど、反対に彼らが私のことを理解してるかというと、当然そんなことはないと思う。わからないもの同士が助け合ったり、罵り合ったりしてゴチャゴチャと生きていく。その内の誰かが先に死ぬとき、まだ生きていくほうに必ず聞くと思う。「オレのことどう思ってた?」だが、聞かれたほうはなにも答えない。ただ笑っているだけだ。

 「専務、その肉まん。食わないんだったら下さいよ」涼がダッシュボードの上の膨らんだ紙包みを指さして言う。

 「もう、冷えちまってるぞ」私は言った。

 「いいですよ。捨てるようじゃもったいないでしょう」涼はそれをサッとつかみ取った。

 「ホラ、ちったあ暖かいですよ」ニッコリしながら頬張ってしまった。

 私は死ぬ前に発する言葉を、今、発してやろうかと考えた。

 「オレのことどう思ってた?」でも、むなしくなってやめた。涼に今そんなこと言ったところで、変な顔されるのは決まり切っていたから。

 絵山の駐車場に着くと色んな種類の工事車両が所狭しと置いてあった。それらを動かしてきたとおぼしき人達が、輪になって談笑している。その中に遠藤君もいる。彼は一人だけスーツを着て、割り箸のようにスラリとしている。三井がダブ公から降りると、サーッと駆け寄ってきた。

 「お疲れ様です」私は遠藤君の声を初めて聞いた。女のように甲高い声である。黒目がちなクリクリとした目に特徴がある。坊主頭にしているから、野球のユニホームを着せれば甲子園にいそうな感じになるだろう。

 「いよいよですね」遠藤君が三井に言った。

 「そうだな、保はどうした?」三井が言う。その横で涼が遠藤君をジロジロ見ている。年が近いので、対抗心が湧いたのだろうか。

 「オメエ、保さんやオバさんとずいぶんいいことしてんじゃネエか。動画見たぜ」涼が言った。その目は鋭い。

 「そうなんですか?恥ずかしいなあ。でも、オレ、アレが大好きなんですよ。保さんのアレは長くって奥の奥まで届くんですね。モーたまりませんよ」遠藤君はそういって身をよじらせる。「今日もやろっと」

 私は苦笑いしながら、母屋に向かって歩き出した。涼と啓太はついてくる。だが、三井は遠藤君やそこにいるものたちとまだ談笑している。あの様子だと、そのまま遠藤君とどこかへ乗っていってしまうかもしれない。もちろん、遠藤君の専用車も側にあった。性的関係でも繋がっているが、アイツらは他の企みも進行させてるなと私は感じた。無論、主導は悪魔王子である。何しろ彼は自分の胞子をこの土地に植え付けたがっている。そのためには末野と手を組むかもしれないし、排除するかもしれない。その先兵が遠藤君と保ということだろう。

 それで、と私は考える。今は三井も秘密裏に動いているようだが、ことが公になって本格的に動き出したら、私たちも三井を後押しする格好で動くことになるんだろうな。というのも、彼が突拍子もないことを始めたところで、反対することは出来ないから。なんといっても、ヘッドは彼なんだ。何を隠そう、私が一番彼を頼りにしている。彼がいなければ、今すぐ荷物をまとめて撤退する。私には並みいる強敵を相手に事をやり抜く力はない。

 母屋に帰ると、大広間には誰もいなかった。私たちはいつものように縁側から上がり込んだ。すると、台所のほうから人が争うような音が聞こえてくる。どうやら、男と女のようだ。「いや」とか「おい」とかの声が聞こえる。私は何事かと思って、台所に行って戸を開けた。誰もいない。音はその奥の義行さんの部屋からだった。私はそのドアも開けた。

 義行さんが女の人に馬乗りになっていた。女の髪がザンバラになっているのが顕著だ。息も険しい。相当、暴れたようである。

 

                        続く