「まあー、そんなに悲観するこたあネエだろ」私は笑った。「人間なんて結構しぶとくできてるもんさ。もっと悲惨な体験をしている人でも80,90まで生きてる人がゴロゴロいる。戦争体験者なんかそうだろ」

 「そりゃ、そうだけど、オレは一般論としていったんだ」と啓太は続ける。

 「人間にとって風呂に入るってことは重労働なんだ。体に相当な負担がかかる。それを毎日毎日、5回も6回も続けてみ、体にガタが来るのは当然さ。あげくに泡踊りだの何だのキツい運動だろ。疲労が蓄積しないわけないじゃない。羞恥心なんかもう吹っ飛んじまってカケラもないが、それでも見知らぬ男の相手をするのはキツい。感情を殺して流れ作業のようにやろうとするが、相手は物じゃない。自意識のある人間だ。不機嫌になったり、悪態をつくものも出てくる。それだけ苦労して金を稼いでも、ヒデにいいように持っていかれて、マジで食う分しか貰ってなかったらしいぞ。貯金は0だ」啓太が言った。

 「ソープなんて自分がやろうと決めてやらなけりゃ務まる仕事じゃねえよ。それでも、休み休みやらねえとすぐに体が壊れる。敬子もそうやってやってた。ひと月やったらひと月休む。それぐらいじゃネエと務まらネエと言ってた。風呂に何回も入ると、スッカリ体の脂が抜けちゃうらしい」タカが言った。

 「だからよ、洋子。オレたちにはマジで感謝してた。命の恩人だともいってたよ」啓太が言った。

 「それじゃ、コッチの期待通り動いてくれるな?」と私。

 「それは間違いない。会長は神様扱いだよ」啓太は笑った。

 「そいで、入院はどれくらいになるって?」

 「まあ、3日はかかるかな?点滴うってゆっくり寝りゃそれでもガラッと違うはずだ。医者の見立てでも深刻な病気はないらしからな」啓太は言う。

 「そうか。ま、もうソープに戻ることはないんだし、退院しても養生するだけでいいんだから徐々に回復してゆくだろ。まだ若いんだしな。そいで、すぐ周造の所に行くのか?」私は啓太に聞いた。

 「いや、それはない。本人が体が弱ったままじゃ、周造に迷惑をかけるから嫌だと言っている。本当に元気になるまでは兄弟のところで暮らすらしい」

 「そうか、ま、そのほうがいいな。あの二人は心で繋がってる。あわてるこたあない。こんな田舎だからちゃんと祝言を挙げることも大切だろうからな」私は言った。

 「そういうこと」と言って、啓太はビールをグーッと煽った。

 「アノー、そろそろ向こうに帰れますよね?」涼が横から恐る恐る聞いてきた。

 「ああ、もちろんだとも。オレも帰る。兄貴ともコレからのこと話さなきゃならないからな。一緒に行こう」と私は答えた。

 「オレも行くから」と三井。

 「よし、じゃ、あさってでも帰るか?」と私。「なにも正月までこんなところにいる必要はない。仕事もないんだしな。一緒に行くやつ手エ上げろ」

 三井と啓太と涼が手を上げた。

 「タカはよ?」私は一応聞いた。

 「行かねえ。向こう行ったって寝るとこもネエ。コッチにいるよ」タカは答えた。

 「タモツもこっちに居るだろうな?」私は三井を見て聞いた。三井は無言で首を縦に振る。

 「車が一台だから、自分がこっちに来たいとき来られないっていう不便さもあるよな」と啓太が言う。

 いくら持ってるか知らないが、暮れのパチ屋は渋い。早々とオケラになる可能性も多分にある。そうなると、コッチへ来るしかなくなってしまう。それを言ってるのだと思われる。

 「じゃ、元旦にコッチに来るか?三日から工事だし、それぐらいに来たほうがいいかもしれない。イロイロと準備もあるしな」

 「ウン」と三井。

 「田舎の正月ってのもいいものですよ。テレビなんかで見るとね」と涼が言った。

 啓太は納得したようにうなづいている。金銭的に一番苦しいのは彼だろう。その経済状況はハッキリとは知れないが、借金を背負ってるかもな。でも、金ヅルの女は何人かいるから、それらから搾り取る算段であろう。それにしたって、向こうに長居できる状態ではないなと私は想定した。

 私は計略を巡らし、啓太がトイレに立った後を追った。途中の廊下で捕まえて、10万円を裸で渡す。何も言わなかった。啓太は顔色を変えた。花が咲くように明るくなった。私は少しの間彼を見てから側を離れた。前川を三井に盗られそうになっている。啓太は味方につけたい。その思いから取った行動だった。三井には負けたくない。これは常に願っていることである。

 

                      続く