「悪いけど、アンタとは初見だ」飯塚三郎は言った。

 「だけど、この名刺を渡した男のことはハッキリ思い出した。アンタとは似ても似つかないトーシローだった。名前も覚えてるよ。奇妙な名前だったからな。茂田井だ。茂田井周造だよ。違うかい?」

 「そのとおりだ。2度目だなんて騙す気はないんだ。成り行きだよ」私は笑顔を崩さない。

 「気にしなさんナ。こういう商売してると人の顔は忘れないんだ。特にアンタは忘れられない顔をしている。裕子のことを聞きに来たのかい?」

 「マスターさすがだ。読みが早い」私は上衣のポケットから万札の束を取り出した。カウンターに置く。10万はあるはずである。飯塚はカッと目を見開いている。ビックリしたのであろう。

 「洋子のいや裕子のことを聞きに来た。他になんの他意もない」私は飯塚の目を見つめて言った。

 「わかった。ここまでしてくれれば隠す気はない。周造に言わなかったのは、お水の仁義を守っただけだ。くれるものもくれなかったしな。だけど、裕子が今、そいつといるかはわからないぜ。2年近くもたってるわけだしな」飯塚は言った。

 「それはわかっている。紙に知ってることを書いてくれ。頭が悪いから、聞いただけじゃ忘れちまう。そしたら、金をしまってくれていい」私は言った。

 「わかった」飯塚は後ろを向いて棚から紙とボールペンを取りだし、カウンターの上で書き出した。書き終わって、私にそれを差し出す。その拍子に金を自分の方に引き寄せて、ベストのポケットにねじ込んだ。

  東亜事業組合新緑会町田組。佐藤英樹。と、紙には書いてある。

 「こいつがこの店から裕子を抜いてったんだな?」私は紙を啓太と涼に見せた。

 「それは間違いない。オレにかばう義理はサラサラない。タマを抜いてった憎い奴だからな。嘘はネエよ」

 飯塚はキッパリ言った。

 「新緑会ってナンだ?やくざかい?聞いたことないぜ」私は言った。

 「オレも、詳しいことは知らない。ヤクザには違いないだろ。東亜、東亜ってよく言うだろ。アレだよ」

 「フーン。マア、いいや。これだけわかれば御の字だ。アリガトウよ」と私が言ったその時、ドアが開いて化粧品の匂いと共に女が二人入って来た。

 「アラ、いらっしゃい」と言って、奥のカーテンの中に消えた。両方ともロン毛でボディコン姿であった。すぐに出て来た。二人とも、キッチリ化粧をしたプロの女という感じである。そのボリュームはラメを着た雄呂血のようだ。ところが、わたし達3人は女が来ると同時に立ち上がった。

 「アラ、逃げるの?」女の一人が言った。

 「そうじゃない。仕事で来てたんだ。元々、あんたらが来る前に終わらす予定なんだよ。なあ、マスター?」私は言った。

 「そうなんだ。今、終わったところなんだよ」

 マスター、グッドフォロー。

 「今度はゆっくり来るからよ。悪いな」

 私は女がにらみつけるのも構わず、手を振りながらサッサと店を出た。啓太と涼もそれに続く。

 エレベーターなんか待ってられない。足早に階段を駆け下りる。気分が高揚していた。ビルから出るとワゴン車までも早歩きである。まずは3人とも後部席に乗り込んで、ライトをつける。私は飯塚に書いて貰った紙を手に取っていた。

 「涼。検索いれてみい」と言って、涼に紙を渡す。

 涼のスマホ操作は早い。

 「出ましたよ。新緑会」エエとナニナニ。

 「東京都台東区上野に本部を置く的屋系暴力団。構成員約300人だって」

 「ナニーッ、そんなにいるのかい。だったら、準を入れると5,6百はいくぞ」

 私は驚いて涼のスマホを引ったくった。細かい文字でズラズラと書いてあること自体、代々続く金筋であることを証明している。

 「町田組はよ?」横で啓太がのぞきこんでいる。

 私は、また涼に検索を頼んだ。

 「出て来ませんねエ。新緑会の下部組織でしょ。佐藤英樹も出て来ませんね。下っ端なんでしょ。佐藤栄作はでてきますけど」

 涼は言った。

 「ケッ、マジでヤー公が出て来んのかよ?やんなるなあ」私は頭を抱えて嘆いた。

 

                      続く