卓也が立ち止まった。緑の中に少しだけ黒いものが見える。それは穴の口であった。かなりな口径と思われるが、長い草で覆われていて少ししか見えない。
「梅木さーんッ、梅木さーんッ」卓也が身を低めて大声で叫ぶ。
「オーッ、いるぞーッ」梅木の声だ。
よかった。私は胸をなで下ろして叫んだ。
「怪我はないかーッ」
「わからないーツ、下が柔らかくてズボッと入ってしまってるんだーッ」
かすれ気味だが、梅木の声はよく聞こえてくる。穴はそんなに深くはないだろう。でも、7,8メートルはありそうである。
下が柔らかくて助かったと考えられる。
「タクッ、ロープば出せや。早よ、助けんと」
義行が卓也に言う。ハイと言って、卓也はリックを開けた。山に入るときは常備しているのだろう。結構、太めのロープで巻きも充分である。
「ライトば括りつけろ。点灯して下ろすんだ」
義行が言う。卓也が、持ち手の付いた大型のライトを出してロープに括りつけて下ろす。
「ライトばはすしたら、先にリックば括りつけろーッ、その後で上げるーッ、体重は何キロだーッ」
義行は穴に身を乗り出して大声で叫ぶ。
「62キロでーす」梅木の返事。
「結構あるな。コリャ、ヤバいど。クソーッ、ロープは充分長いけん。樹でもアリャのーッ、括りつけて楽勝なんじゃが。大道さん。その辺、掘ってみてくんない。根っ子かなんかないか?」
私は卓也が出したスコップで辺りを探った。利奈も、草をむしりながら手で探している。
「なんか、根っ子あるよ」利奈が言う。
私は慌てて飛んでいき、スコップで掘った。
「お、なんだか知らんが結構太いな」
私はスコップで根っ子が裸になるまで掘り起こした。手で強度を確認する。ビクともしない。
「よし、これをロープで縛ってオレの体と繋ぐ。最後の支えになるから、あんたら三人で上げてくれ。一発勝負だぞ」
私がそう言った時、梅木のリックが上がってきた。泥にまみれ汚れきっている。
「ダメだーッ、穴がフラスコ状になっている。私は完全に宙吊り状態になる。手も足も使えないーッ」
ライトで照らして見たんだろう。梅木の悲鳴が聞こえた。
「ええから、そっちはなんも考えんな。必ず上げるからなーッ、ロープで体を厳重に縛るんだ。長さはタップリあるからなーッ」卓也は叫んで、穴の中に再度ロープを投げた。
私は根っ子に巻いたロープをそのまま自分の胴に繋いだ。
梅木の体重は62キロ。服や靴や付いた泥なんかで、7,8キロは増えるとしておよそ70キロを上げなければならない。下は柔らかい上に草と来ている。滑るにきまっている。力は半減するかもしれない。でも、なんとか上げられるだろう。4人もいるんだ。利奈は女とは言え剛力の持ち主である。男と変わらない、頼りになる。
「縛ったぞーッ、上げてくれーッ」
梅木の声がした。彼はワンゲルでならした男だ。ロープの縛り方は心得ている。ロープが途中でほどけることはない。要は、上げられるかどうかの、二つに一つの勝負になってくる。
「よし、引けーッ」義行の合図で、皆が一斉に力を出した。ロープがピーンと張った。ズブズブと穴の縁へ食い込んでいく。でも、徐々に上がってはいる。が、重い。足を踏ん張れないから重い。
「クソーッ、ヤバいぞ、穴が崩れている。もっと下がれ、飲み込まれるぞーッ」
先頭で引っ張っている卓也が喚いた。
続く