理想の毎日を生きていく -15ページ目
食洗機
中古マンションを購入し、リフォーム
をした話を別記事で書いていますが
食洗機を使ってみて、思ったことを参考に
書きたいと思います
食洗機は実はずっと欲しかったアイテム
でした
賃貸マンションに住んでいた頃
キッチンが壁に向かってついていました
なので、
毎日毎日、壁見ながら洗うの嫌だなー
子供たちに「ママー!」って呼ばれる
と振り返らないといけないの面倒だな
なんて思いながらお皿を洗っていたのです
そんな時にふと、
あれ?私
「皿ばかり洗っている・・・・
」
「皿ばかり洗っている・・・」
貴重な時間と体力を使って
「皿ばかり洗っている・・・」
もう嫌だー!!
食洗機が欲しい!
となり、
大型家電量販店に駆け込むも
キッチンが狭すぎて設置できないことが発覚
無理やり置いても調理スペースが減り
別のストレスが発生してしまう
・・・・・
一旦諦めました
しかし、中古マンション購入で
とうとう食洗機をゲットした私
食洗機のお手並拝見しようじゃないの!
ということで早速使ったところ
「洗い終わるの遅・・・
」
せっかちな性格が災いして
私が洗った方が早い!
となり、食洗機を使わないという
謎の行動が起こりました
「ちょ、待てよ!」懐かしのセリフ・・
欲しかった目的がどこかに行って
しまっていました
当初そんな期間を過ごしてしまった
のですが
ミニマリストさんのインスタで
「家事に時間かけたくないから
少量の食器でも絶対回します」
と言っていたのを見て
私が食洗機を求めていた理由を思い出し
皿洗いの新人に仕事をお願いする心境
で、遅くてもあたたかく見守ることにして
食洗機を使用するようになりました
すると、皿洗いの新人(食洗機)は
立派な一人前の皿洗いだったことに
気づいたのです!
わかりにくい感じになってしまいましたが
手伝ってくれる人が、一人増えたような感覚で
私の作業が減り、違うことに使える
時間が確実に増えました
一言で言うなら、
「食洗機、非常におすすめです!」
本かネットか何かで、「会社最適化」
なる言葉を知りました。
この言葉の意味は、人々は会社にとって
自分が最適になるように頑張るけれど、
そんな事をしたって別の会社に行った時
には何の意味もなくて、そんな事を頑張って
いても自分の価値は上がりませんよ
っていう話だったと思います
それを聞いて、
私もずっと会社最適化をずっと図ってきたなと
感じました
でも、それは会社の中で働いている以上そうで
あっても良いと私は思います
ただ、この言葉を知った後にそれをやり続けるか
どうか?についてはNOでした
なぜなら、私にはこのまま同じ会社の中に
生き続けるビジョンが描けないし
色々な生き方を選べる、選択肢の多い自分
で在りたいからです
会社最適化とは、染まるとも言い換えられると
思うのです
私の場合だけかもしれませんが、
社会との最適性に向けては頑張るのに
自分自身の最適性に関しては考えすら及ばない
仕事嫌だな変えたいなって思うのに
いや、この会社以外では働けないよ
って勝手に諦めて
会社嫌だなと思ってる自分の事は
ないがしろにしている
「自分の本当に求めていることは何なのだろうか?」
「自分の得意なことは何だろうか?」
「今後どのように生きていきたいか?」
と考えることもない
この言葉を聞いて、
自分以外の何かに適合することに
必死になるのではなく、
もっと自分自身に必死になるべきだと
感じました
自分から出てくる「感情」には
固定観念が影響していると聞きました
スピリチュアルでは「設定」と言われる
こともあるそうです
例えば、「白髪あるよ」って言われると
怒る人がいる
その人の中には「白髪は年をとった象徴」
みたいな観念があって
ただの、「白髪あるよ」っていう一言
に、老けてるって言われた!「ムキー
」
となる
同じ、「白髪あるよ」って言われても
私の場合だと、中学生から白髪があって
白髪は自然に発生するものとしか思って
いないので単に「うん、そうなのー
」
と何も思わない
むしろ発見してくれて嬉しさすら感じます
こんな風に言われたこと、起こったことは
同じなのに、全く違った感情を抱くなんて
なんか面白いですよね
なので、
そういう仕組みになっていると知ってから
私はよく自分の思ったことについて
考えるようになりました
握りしめている「こうあるべき」とか
本当かな?と
そうしたら
え?もしかしたら違うかも?
そうじゃないなら勇気出る!とか
思えることが出てきました
例えば、親に言われ続けて、
自分でもそう思い込んでいた
「サラリーマンでいたら一生幸せだよ」
(サラリーマン以外の人生は波瀾万丈
という意味)
疑いなく信じていた
このことについて
本当かな?って自分に聞いてみたら
正直、サラリーマンが一生幸せかどうか
なんてわからない
逆に起業とかして幸せそうな人
いっぱいみるんですけど・・・・
となり、
人生の可能性を見直すきっかけにな
りました
そんな風に、
日常の様々な観念に出会うことが
最近とても面白いです
楽しむコツは、
悪い観念見つけてやる!
みたいな感じではなく
あの建物どうやって作ったのかな?
みたいな、日常でわいてくるような素朴
な疑問くらいの軽いノリで、自分に問うて
みると、次第に自分が世界をどう見ている
のかがわかってきます
今しかできない
40歳を過ぎて
もしかして人生って短いんじゃないかな?
と感じるようになりました
刹那的というより、実感したというか・・
絶対的な存在だった父母が年老いて
あの年齢になるとあんな
感じなんだというイメージができた
ことが大きいような気がします
沢山物を買っていた母が、
「もう何にも欲しいものなんてないんだ」
と言うようになり
今までと変わらない静かな日常を過ごすこと
が一番だと思っている
そんな様子を見ていると
今までの自分のままの時間が続くわけで
はないのだなと強く感じたんです
人生100年時代と言われているけれど
肉体の衰えは絶対にあるますよね?
生まれてから今までは、できなかったこと
ができるようになる事しか知らなかった
けれど
今後は、できなくなる自分を知る時間
になっていく
海外旅行にいつか行きたい!って思っていても
20歳で行く
30歳で行く
40歳で行く
50歳で行く
60歳で行く
は多分全然違う
感じることも違う
素敵なものを見て、感動!よりも
「足痛いな、疲れたな、早く帰りたいな」
なのかもしれない
別の記事でも書きましたが
小さな子供が大きくなって抱っこができ
なくなるのと同じで、「今しかできないこと」
が確実にある
だから、今に集中して精一杯過ごすことが大事
なんだと感じたのです
繰り返しになりますが、
私が感じている「人生って短いんじゃないかな?」
っていうのは、生きている時間そのもの
ではなく
自分のやりたいことに挑戦できる期間が
意外と短いということです
だから、私は常にその意識を持って
「今、何をすべきか?」
を考えながら生きるようにしています
下の娘は4歳です
次女のせいか甘え上手で
「トイレ行きたい、ねー抱っこして」
など、事あるごとに「ねー抱っこして」
私がいるとすかさず膝の上へ
そんな時ふと思うんです
上の子がそのくらいの時に、下の子が
まだ小さくて、産後の体調もしばらく
よくなかったので
上の子が同じように甘えてきたのに
受け入れられなかった時期があります
今は、どんどん体が大きくなって
物理的に抱っこはできなくなって・・・
子育て中は忙しくて、日常を大切に
できないことが多いけど、その時々
にしかできないことがあって、
もっと日々を大切にしたいなと
「ねー抱っこして」と言われる度に
感じます

