[[死人沢と面剥沢(宮城県)の由来は?]]
死人沢は、宮城県加美町にある河川で、その西側に面剥沢が位置しています。
江花高士山地内、小松沢の奥にある小さな沢が「死人沢」。その西南下方丘の蔭の小さな沢が「面剥沢」と呼ばれています。
昔、久保屋敷という屋敷に怠け者で性悪く、貧困で人の交際もなく、 淋しく暮す農家がいました。
ある年の秋、一人の僧(ろくぶ)が托鉢して村を廻り、日が暮れて、一夜の宿をそのよからぬ家に求めたのです。
その後、村人は憎が村から出て行った姿を見たものがいない、という風に噂し始めます。
そのうちに、火打山の沢に死体があること がわかり、村役人より取片づけを命じられた村の当番たちは死体を取り調べたところ、焼火箸で刺し殺され、小松沢の奥でだれとも面相の判らないように、面の皮を剥ぎ、隣の沢に棄てたのだろうということになったのです。
その後、一方の沢を面剥沢といい、棄てた沢を死人沢と呼ぶようになった、というのが地名の由来です。
死人片付けの当番の中に一夜の宿を貸した百姓も入っており、また、おれの手にかかるかと思わずつぶやくほどだったといいます。
これを聞いた村人たちは、責めるにおちず、語るにおちたと、諺の通りであったことを語り 伝えているのです。
