引き続き、ラグーナ出版『統合失調症をたどる』より、「統合失調症の新たな概念を作り出す」について考えてみたいと思います。
この項は、中井先生とラグーナ出版社の社長で精神科医の森越まや先生との対談で幕があけます。
中井先生の「統合失調症の陥穽(かんせい)」という論文をとりあげ、「陥穽」というのは落とし穴の意味で、興味深い内容でした。
その論文の冒頭にはこう書かれています。
『私は統合失調症が、「心理的な落とし穴である」というのではない。しかし、統合失調症はどこかに人間を呪縛するところがあるのではないだろうか。患者も、治療者、あるいは研究者をもである。」
人間、患者、治療者、研究者を呪縛してしまう…統合失調症という病気。
中井先生は、
『医者ができる最大の処方は"希望"である』(P80)
と話されているのは、このブログでも以前書かせていただいたかと思います。
その理由を森越先生がこう説明されています。
『ある事態を悲観的に予言することによって、その悲観的な事態が引き起こされるという落とし穴あり、医療者が悲観的か楽観的かで患者の予後が大きく異なるという事は、先生は他の著作でも書かれています。』(P80)
全然別の話になりますが、100メートル走で10秒切るなんてとんでもない…という過去がありましたが、それを破る人が出ると、どんどん同じように記録更新する人がでてくる…✨という例にも似て非なるものではないでしょうか。
私の大好きなマンガ『スラムダンク』でも、つい最近映画になった「山王工業」に勝った湘北高校もそうですし、高校サッカーで伝説となった滋賀県の野洲高校が初優勝すると、翌年から初優勝が続くといったことがあったかと思います。
どの患者さんにも当てはまるかというと、そうでもないかもしれませんが、医療者や支援者が楽観的であることの意義を実感することが大切なのだとあらためて考えさせられました
(つづく)