古い友人のEさんから、「義男の空」全12巻を借りて読みました。
この作品は高橋義男脳神経外科医をモデルにした作品で、作者はわが子の主治医だった高橋医師の姿勢に感動し、
その思いをこめて高橋医師やモデルとなった患者や保護者の了解を得ながら作品化したということです。
私は残念ながら見逃していたのですが、下記の番組で紹介されていたのですね。
【NHK逆転人生】高橋義男医師の略歴や若い頃は?義男の空のモデル
実は、私は高橋医師のことは何年も前に知っていました。
1997年から、高橋医師の発案で障害を持つ子どもたちとその家族の交流やレクリェーションなどの
「いけまぜ夏フェス」というイベントが始まっているのですが、
2014年に恵庭市でも開催されていて、その時に絵本の読み聞かせボランティアとして参加しました。
その時に、そのイベントで「義男の空」というコミックを知り、そのモデルが高橋先生だと知ったのです。
その時まで私は高橋医師も「義男の空」も知らなかったので、(こんな先生がこんなに近くにいたんだ!)と思いました。
その日は、私は他のボランティアメンバーと自分の担当場所からほとんど動いていなかったので、
先生と言葉をかわすことも他のブースを見て回ることもあまりしていませんでした。
でも、私達のブースに来るお子さん達の中には、はっきりとは覚えていませんがかなり重度の障害を持つ子や
点滴とか人工呼吸器と思しきものを付けている子もいて、(これほど重度でも自宅介護しているのだろうか)と思ったものです。
私の当時の常識では、このようなイベントに参加するのは在宅介護で、
かつ親が連れてくることができる場合に限られているだろうと思っていたからです。
しかし、「義男の空」を読み終わった今、ひょっとするとあの子たちは、
高橋先生の病院に入院中だったのかもしれないと思っています。
この本を貸してくれたEさんは二分脊椎という障害を持って生まれてきました。
この本にも、二分脊椎の子ども達が登場しています。
私はEさんと出会ったことで、このような障害があることや、それによる不自由さや大変さを少しは知ってはいましたが、
生まれた時の状況やその治療や手術のことについて詳しいことは全く知りませんでした。
幼少期を入退院や手術などを繰り返していたとは聞いていましたが、
その時の本人や家族の不安や痛みについてはぼんやりとした想像しかできませんでした。
今でも基本的にはそうなのですが、コミックという形で具体的によりリアルに想像することができました。
そんな時間を、彼女やその親御さんたちは必死に頑張っていたのだなと思います。
私の最初の仕事は、障害幼児の療育指導員でした。
障害を持つ親の会「肢体不自由児親の会」が、恵庭市内で親子が集まって話し合ったり訓練をする場が欲しいと訴えて、
社会福祉協議会の委託事業として「肢体不自由児療育訓練室」を地域会館の一室で始めることになり、その指導員になってしまったのです。
詳細は省きますが、当時琴似にあった「北海道立札幌整肢学院」(現在の北海道立子ども総合医療・療育センターの前身)で、
たった三か月くらいの研修で障害児についての最低限の理解をするだけで
恵庭市内の障害児と向き合うことになりました。
その研修の一環として様々な理由で重大な障害を持つ幼児や児童たちと出会うことになった時、
私はかなりのショックを受けたことは事実です。
このような障がいを持って生まれたことに何か意味があるのか、どれほど努力しても治る見込みのない子に、何をしたらよいのだろうか。
そして当然、人間って何だろう、人が生きることは何なのだろう、私が生きる意味とは…、という根源的な悩みや葛藤の渦に放り込まれました。
本を読みながら、当時のそんな思いをついつい思い出してしまいました。
ともあれ、その時に出会ったハンディを持って生まれた子ども達との出会いから、私の人生はスタートしたと言えるでしょう。
高橋医師は「子どもには未来がある」「諦めるな」「生きろ!」「可能性はある!」などと叫びます。
その言葉は、今の私にも深く刺さります。
どんな状況にあっても、今この時命がある限り未来はあるし可能性もある。
しかし、いくら頑張っても命に限りがあるという現実の前には終わりの時がある。
それでも、精一杯可能性を信じて命の炎を燃やし続けることは、生き物としてとても大切なこと。
そんなことをあらためて考えさせられたコミックです。
ぜひ、多くの人に読んでもらいたいと思いご紹介します。
関心のある人はホームページを覗いてみてください。