スマホという便利な道具が出現し、以前は百科事典や国語辞典などで調べていたことが、簡単に調べられるようになった。
電話もスマホに代わり、昔は友人に電話をしたりするときに、
取り次いでくれる家の人にどのように挨拶をしたりしようかと悩むこともなくなった。
さらに今では、AIとやらが質問をしたら簡単に答えてくれるようになり、
目の前の人に相談するよりも機械の答えに頼るようになったらしい。

というように、大変便利な時代になった。
私などは持っているスマホの機能のほんの一部しか使えず、
かつ機械を全面的には信頼できないので、AI機能は使っていない。
なのに、スマホで検索したら、頼みもしないのに「AIによる概要」なんてものが一番トップに出てくる。
最初はよくわからずにそれを読んでいたが、内容によってはそれを飛ばすようにしている。

同世代の友人が、「AIは便利だしほぼ正しいよ」と言い、結構利用していることを知り、よくわからないが少し脱力した。
いや、脱力する私がおかしいのかもしれないが、内容によっては複数の情報を合わせながら考えることが必要と思う私には合わない。
私達のようなアナログ時代に育ち生きてきたものはまだいい。
しかし、これから育つ子ども達や若者たちが、機械に依存しながら生活したり仕事をすることはとても不安に思っていた。

 

学校に行きづらくなってしまった子ども達が、家庭にいても様々な方法で学べるようになっている。

通信制の高校も大学も増えているし、悩んでいる保護者達もオンラインで相談できるようになっている。

病院だって、さほど遠くない時期にオンライン診療もできるようになるだろう。

そのことによって助かる人もいるだろうけれど、それは万全ではない。

人間には心があって、心が満たされて幸せな気持ちになり、勇気を出して自分なりに生きるためには、

機械相手の解決だけでは無理だろう。

 

人間は相手と向き合って、表情や顔色や態度を見ながら考えたり判断することはとても大切なことだと思っている。

人が他の動植物と違う発達ができたのは、他の人とのコミュニケーションで考えたり判断したり助け合う力を持ったからだろう。

その力(人間力)が低下してきたら、この世界は原始時代に戻っていくのではないか。

昨日の某監督の家庭での親子トラブルが大騒ぎになっていることは、上記に書いたことと無関係ではないと感じている。

もっと人と関わり喧嘩したり、謝ったり許したり、友達と遊んだり笑ったり泣いたりと、

人間らしいつながりの大切さを考えてほしい。

 

マスコミも人間らしさを失ったやりきれないニュースばかりを追わず、人間らしさを感じられるニュースを増やしてほしい。