おはようございます、マコトです。

 

 

本日は朝からゆったりDAYを過ごそうと思い、朝からネットサーフィンとブログ書き…(´▽`)

 

インフラ・ザ・ネット(´▽`)

 

 

 

本日は、戯言シリーズで歯列矯正の話はしません。

 

 

 

働き始めてから、社会人になってから、人との距離感についてしばしば考えることがあります。

 

 

距離感というのは「会う頻度」「連絡を取る・話す回数」など・・・コミュニケーションの密度とか、やりたい事の温度差とか、様々な定義を含むと思うのですが。

 

 

 

適度な距離感を保ちながら、人と接していけることがもちろんです。けれど、人によって「会いたい頻度」「連絡を取りたい頻度」「何かをやりたい温度差」って異なりますよね。「〇〇したい」の感覚には差があります。

 

 

たまに、この距離感がずれると、「この人ちょっとしんどいな」と思ったりしませんか?

 

 

そう思うときって、対外「なんか巻き込まれてる・・・?」という違和感も生まれていて。

 

 

自分のペースを保てず、

 

 

パーソナルスペースを侵されてるような、

 

 

相手の意のままに、相槌うたざるをえない時です。

 

 

そして、いつの間にか何かを任されていたり・・・

 

特定の相手と、異常にやりとりしたり・・・

 

「よろしく!」とか

 

「任せたわ!」とか

 

「やってくれるよね?」とか、様々な状態が発生する。

 

 

 

そういう場面が起こった場合、いろいろな解釈をしてみて。

 

 

困ったときはお互いさまだしな~とか

 

目上の人だしな~とか

 

何か理由があるのかな~とか

 

これも修行(?)のうちかな~とか

 

 

最初のころはよかった。

 

 

 

けど、だんだんと「あれ・・・?」と思うような違和感があって。

 

 

 

 

やっぱり、自分のペースが保てないなと思うくらいになる時もあって。

 

 

自分の意思に関係なく、自分が動かざるを得ないようになってくると、しんどくなってくる。

 

「仕事なら仕方ない・・・」と思うときもありますが、そう思うにもキャパシティがあって。

 

プライベートや個人的行動にまで侵食してくる時には、より違和感が大きくなって。

 

 

 

 

こういった違和感を感じることって、あまり良しとされない事もありますよね

 

「人には優しくしなきゃ」

「受け入れない自分は心の狭い人間だ」

 

 

などなど・・・

 

 

私の場合、学生時代には何んとなく、自分のキャパをハッキリさせることもなかったし、道徳的にもまずいなと思って何とかやりすごしてきた感があるのですが

 

 

 

社会人になってから、自分のキャパとかパーソナルスペースが段々わかってきて

 

「あ、私はここまではしたくないのだな」という境界線がわかってきた気がします。

 

これ以上やると、自分が辛くなるんだな、と自覚できるようになってきたというか。

 

 

出自も文脈も全く異なる人たちと接する時間をもってようやく、「自分はこう考えてるんだ」と思うようになったのかもしれません。

 

 

だから違和感を持ったら、素直にその感覚を受け入れようと思い始めています

 

そして、無理せず自分から一歩ひいてみたりして

 

 

同時に、「自分も、相手に同じような違和感をあたえていないかな?」と時折ふりかえりつつ。

 

しかしこんなことをしていては、気の張りすぎは疲れるし、たまにね・・・滝汗

 

 

 

 

 

この年齢になってきて、人との距離感について考えるようになって

 

 

ある意味、自分の価値観とか志向とか感覚に自覚するようになってきたのだろうか・・・。

 

 

 

 

違和感をもったら、まず自分で距離をとってみる。

 

 

そこから少し、俯瞰して物をみてみる。

 

 

そうして、自分をいきやすく。