自己受容を知るまでの私は
えせポジティブKINGでした(笑)
 
 
先に笑顔でいればいいことがあるよ、とか
笑顔でいることの効能の知識があったし
 
 
「大変なのに大丈夫」な人でありたいという思いもあって
 
 
どんなに心が大変な時も笑顔でいました。
 
 
息子の不登校で渦中の頃、まわりから気遣われても
「大丈夫よ~」と笑顔で答えていました。
 
 
だけどそれは
自分の心と体(顔や言う事)が大きくズレていて
どんどん溝が大きくなりました。
 
 
その結果、自分が自分と離れていきました。
 
 
自分と離れていると苦しくなります。
それから、どうしていいかわからなくなります。
誰か正解を教えてほしくなります。
ザワザワが止まらなくなっていました。
 
 
あの頃、顔は笑顔を作っていましたが
きっと般若のような笑顔だったでしょうね。
 
 
自分で自分の気持ちをそのまま受け取ることが必要でした。
 
 
自分の心配や不安などネガティブな思いを
そのまま受け止めることが必要でした。
 
 
それを自分で受け止めた上で笑顔でいれば
きっとよかったんでしょう。
 
 
笑顔でいることがいいのは事実ですから。
 
 
 
 
まあ、そもそも自分のネガティブを見たくなくて
笑顔でいれば現実がなんとかなって
ネガティブな気持ちがなくなるだろうと思っていたのが根っこですけれど。
 
 
 
 
不安で怖くて苦しくて、
こんな現実イヤで逃げたい。
それを受け止めるどころか、見たくもなかったし、あるのも許してなかったんですよ。
えせポジKINGの頃ね。
 
 
 
私の転機になったのは
自己受容を知って
どんな感情もあっていい、と許容するようになったことです。
 
 
えせポジKINGの頃はコーピングリストも効かなかったです。
日常でできる楽しみ。
そんな些細な喜びでこの重苦しい塊が覆せるわけがない、と思っていましたね。
もちろんそう思っていることは見ないようにしていましたけど。
 

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