山形から帰って一息ついたところで札幌からの電話。
入院していた父がインフルエンザにかかり元気がないとのこと。
すぐに行かなくちゃと思った。
でもね、あいにく北海道は猛吹雪。空の便は乱れている。
取りあえず天候が回復しそうな、9日の便で行くことにした。
名古屋に引き返すこともあるということで、定刻より遅れて出発した飛行機は、青森の上空で、しばらく待機してから、千歳空港に到着した。
遅れはしたけれど、無事に着いた事が嬉しくて、飛行機を操縦してくれた人、整備してくれた人、除雪してくれた人など、全ての人への感謝の気持ちが湧いてきて、幸せな気持ちになった。
そこからバスに乗って、福住まで行って、そこからタクシーで父の家に着く。
義妹と二人で、雪道を歩いて、少し離れた駅から地下鉄に乗った。
それでね、地上に出たら、暮れなずんだ街の懐かしい景色が目に入ってきた。
そう、そこは大通り公園の10丁目。以前住んでいた家のすぐ近くだった。
父が入院した病院が、偶然にも懐かしい場所にあったことで、なんだかとても嬉しい気持ちになった。
でもね、病室のベットでうずくまっている父の姿を見た時には胸が痛んだ。
インフルエンザは治ったけど、喘息の発作も起きて、腰を傷めたあとのリハビリも退院の予定も先に延びそうだとのこと。
元気のない父の声は、聞きとりずらく、少し話をしただけで、もう帰りなさいと、手で促す。
なんだか淋しい気持になったけど、この日は、とりあえず顔を見せるだけにして家に戻る。
10日は、晴れ。青空が美しい。そして白く輝く一面の銀世界。
歩くたびに、ギュッギュと音がする。それが嬉しくて楽しい。
子供の頃、こんな日が好きだった。
今日は一人で、明るい気持ちで、父のもとへ。
ちょっとした用事を済ませたりしながら、少しでも父のそばに居て、話を聞こうと思っていた。
痛い所とかに手を当てたいとも思っていた。
でもね、父の様子を見て、ただ黙って手を握っていた。
子供の時は、こんな風にして手をつないでもらったなと思ったりした。
心の中は明るくて、祈りの言葉が響いていて、ふんわりとした、いい気持ち。
その時に、ふと思った。点滴とか輸血してるみたいだなって。
私を充している気とかエネルギーが繋いだ手を通して父に伝わっていく。
輸気をするって、手をつなぐだけでも充分だなって思った。
そんな静かな時間を過ごしているうちに、昼時になったので帰ってきた。
昨日、山形から帰ってきた。
お土産には、リンゴ、さといも、きくの花をむしったもの、おみつけ、おもちに、ずんだのあんこ等をもらった。
でもね、自分に買ってあげたお土産は、予想どおり、「これはえがったなぁ」と、思えるものだった。
それはね、山形駅のそばの店で偶然みつけた、朝倉さやの「マストアイテム」というCD。
彼女は、色々な曲を山形弁で歌っている人で、このCDには彼女のオリジナル曲も入っている。
民謡で鍛えた声が、気持ちいい。
ま、カバーしている曲もいいんだとは思うけど、「ひだまりの詩」を聴いた時は、じーんとしみた。
「すべて包んでくれた」という言葉を、山形弁で聴くと、そのあたたかさ、ぬくもり感が、体で感じるような、実感をともなってきて、涙ぐんでしまった。
でもね、これは、青春時代を山形で過ごして、今は山形を離れている私だから、いいなと感じるのかもしれない。
山形弁に包みこまれる体験をしたことのない人にとっては、同じ曲を聴いても、訛りが面白いなぁという印象になるかもしれないと思う。
ラブソングを山形弁で歌うのってありなんだ。と気づいたことで、これは新たなネタができた。とも思った。
そう。そのうち、どこかのカラオケで、ラブソングを山形弁で熱唱する私になると思う。
この手があったか、これで面白くなる。と、気づけたことが、私にとって一番の山形みやげだ。
年末年始は山形のヒデさんの実家で過ごす。
お父さんは特別養護老人ホーム。お母さんが1人で暮らしている。
昨日は家の大掃除をしてお父さんのところに行く。
初孫の写真を見てもらうと何となく嬉しそうにうなずいてくれた。
家の前に由緒ある神社があるので、大晦日の夜は必ずお参りに行く。
焚き火にあたりながら、雪の降り続く暗い空を見上げていると、心が静かになっていく。
色々なことがあった1年が、全て良しで終わっていく感じがする。
そして元旦の朝。
新しい年を迎えたというだけで、すがすがしい気持になる。
今年の美味しいはじまりは、水から煮てやわらかくなったお餅に緑色のずんだのあんこをたっぷりまぶして食べたこと。
のんびりゆったりとした時間の中で、1人になって今年の目標を考えたり、みんなの幸せを祈る。
午後からは、天童に住むお母さんの姉妹の家に行く。
車の窓から見える雪景色が美しい。天気がいいので雪をまとった山々の稜線がくっきりとしている。
久しぶりに会って山形弁で語りあうお母さん達の会話は、所々わからないけれど、どこか懐かしい響きがする。
どこの家でも出してくれるせいさいとたくわんの漬け物が美味しい。
もう何年も、お正月は、こんな風に過ごしている。
お父さんは特別養護老人ホーム。お母さんが1人で暮らしている。
昨日は家の大掃除をしてお父さんのところに行く。
初孫の写真を見てもらうと何となく嬉しそうにうなずいてくれた。
家の前に由緒ある神社があるので、大晦日の夜は必ずお参りに行く。
焚き火にあたりながら、雪の降り続く暗い空を見上げていると、心が静かになっていく。
色々なことがあった1年が、全て良しで終わっていく感じがする。
そして元旦の朝。
新しい年を迎えたというだけで、すがすがしい気持になる。
今年の美味しいはじまりは、水から煮てやわらかくなったお餅に緑色のずんだのあんこをたっぷりまぶして食べたこと。
のんびりゆったりとした時間の中で、1人になって今年の目標を考えたり、みんなの幸せを祈る。
午後からは、天童に住むお母さんの姉妹の家に行く。
車の窓から見える雪景色が美しい。天気がいいので雪をまとった山々の稜線がくっきりとしている。
久しぶりに会って山形弁で語りあうお母さん達の会話は、所々わからないけれど、どこか懐かしい響きがする。
どこの家でも出してくれるせいさいとたくわんの漬け物が美味しい。
もう何年も、お正月は、こんな風に過ごしている。