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ハーモニープレゼント

心と体を、自由で楽な状態にすることで、ハーモニーを取り戻すために、色々なことを学んできました。

それらを、実践できる時もあれば、忘れさってしまう時もあります。
そんな私の日常を、気ままに書きつづってみようと思います。

最近、今までよく使っていた「自分の○○を改善する」という言葉を使うのをやめようと思うようになった。


というのは、去年の始めに、やりたいことと、改善したいことをノートに書いたのだけど、やりたいことは、案外実現したのに、改善したいことは、全然改善されなかったからだ。


それでやっと気づいたのが、「改善」というのは、「今の自分は良くないから」そこを良くしていこうということで、「自己否定」からスタートしていたということ。


そう、習慣的に当たり前のように使っている言葉を見直す必要があるよね。


たとえば、人を送り出す時に「気をつけてね」というのは、心配のエネルギーを発することになるので、「楽しんできてね」と言うようにはしていたんだけどね。


それから、同じ言葉でも、その人がどんな体験を通じてその言葉を使っているのかによって、意味あいが違うから、自分とその体験を共有した人にしかそのニュアンスがわからない言葉というのもある。


たとえば、先日、父がケガをしたり、病気になったと、突然知らされた時、一瞬、「わぁーどうしよう」と思ったけど、その時ある言葉が鮮やかにひらめいた。

そして、その言葉を声に出して言った時、肚に力が入って、元気が出てきた。

その言葉とは 「どこからでもかかってこいや!」


この言葉は、本来の自分を取り戻してゆく、ある講座の中で、とても美しい女性が言い放った言葉で、私にとっては、その時の仲間との友情や楽しかった雰囲気がよみがえり、勇気づけられる言葉なのだ。

長年生きてくると、体のあちこちに、ちょっとした不具合が生じてくるのはしかたのないことかな。


歩くのに差し支えはないけれど、ある角度に曲げると左足の親指に痛みが出る。

整形外科で、レントゲンを撮ってみると、その部分の関節が傷んでいるとのこと。

でもね、それは長年かかってそうなったもので、治療法はなし。その部分に負担をかけることをしないで、いたわるしかない。


それから、寒くなると左脚のふくらはぎのあたりが、神経痛でうずく。

たぶん、長年の冷えのせいだと思う。(冷えは打撲のようなものと、聴いたことがあるけど、まさにそんな感じだ。)


病気やケガの原因は心因性によるものという考え方は、ちょっとわきに置いて、大切な私の体に、物理的にできることをやってあげなくてはと思う。


温めたり、じっと手を当てていると、少しは痛みがやわらぐような感じがするけど、痛みは何度もぶり返す。

それならば、温泉かな。と思い立つ。


ということで、今日は、ヒデさんと二人で、半田にある「ごんぎつねの湯」に行ってきた。

確かに、左脚のほうが、温まりにくい。深い芯のところまで冷え切っているような感じがした。

それでも、露天風呂に入っていた常連さんが、「ここのお湯はよく暖まるし、神経痛にきくよ。」と言っていたので、ちょっと嬉しくなる。


さらに、もう一つ嬉しかったのは、近くに「パンのトラ」があって、そこで、焼き立ての美味しいパンを食べれたこと。


そして、さらに、「新美南吉記念館」にも寄って、「ごんぎつね」の話をミニシアターで見たり、ジオラマになっている、南吉の童話の世界を楽しんだりした。展示されていた絵本を読んで、その言葉の美しさが胸にひびいてきたりもした。


そしてさらに、帰りの車の窓から外を見ていた時、田んぼのあぜ道を二匹の犬を連れて散歩している人の姿が遠くに見えた。その時、二匹の犬が、嬉しそうにはねまわっている姿を見た瞬間、犬の喜びが胸の中に飛び込んできて涙がでそうな感じになった。

心がすっかり童話の世界にひたっていたせいで、そんな気持ちになったのだと思ったけど、喜びの波動って、伝わるんだなとわかった。


ということで、色々みんな、ごんぎつねに感謝したいような一日になった。



札幌に住む92歳の父が、腰を痛めて入院し、さらにインフルエンザにかかって、ぜんそくの発作もおこって、元気をなくしている。
という事で、雪に埋もれた札幌で四日間、父のもとに通って、そばに寄り添い手を握って過ごした。

父は、通帳や金庫のカギの在りかなど、万が一にそなえてのことを言い残してくれるけど、昼食のどんぶりめしを完食しているので、大丈夫だなと思う。

今回のように、穏やかな気持ちで父と向き合えるようになるまでには、ずいぶん時間がかかった。
様々な葛藤、激しい怒りや嫌悪感が湧き上がってきて、父に会う事が苦痛だった時もあった。
会うたびに声を荒げて、言い争ってもいた。
でもね、色々なことを学び、自分の心を癒していったことで、少しずつ父を受け入れることができるようになっていった。
それは、父の姿は自分の姿でもあるということに気づいてゆくという事でもあった。

父は私が初めて出会った男性だ。この人なしには、私は存在し得なかった。
父は私にたくさんの愛を注いでくれた人だ。欠点もあるけど、素晴らしいところもある。
今はそのことだけを心に留めておこうと思う。

父は耳が遠いので、話をするときは、どなるような大声になってしまう。
四人部屋に居るので、ほとんど話をせずに、ただ手を握っていると父が、「◯◯の事が心配だ。24時間が長く感じる。」と言った。
そのとき、父に一番伝えたい言葉が思い浮かんだ。

それで、メモ帳に書いて見てもらうと、父はにっこり笑って「わかった。」と言ってくれた。

「2015年は変化の年。浄化がおこります。(病気やケガの形もある)ここを乗り切り浄まった自分になるために、私はずっと祈っています。一日とか一週間とかで何回とか、目標を決めて祈り続けています。(念仏と同じね!)そうすると心の中が平安になってきて、色々なことがすべてうまくいくようになっています。」

さらに続けて、父の耳元できっぱりと言った。「お父さんは、自分が誰かを自覚してください。お父さんは、親鸞さんのお弟子なんですよ。」

そう、父は息子と妻をなくした時から、毎日お経や念仏をとなえ、お遍路さんも体験している。
親鸞さんに憧れて、関連した本を読んでいた。
と言うことで、何もする事がなくて、心配や執着の想いを巡らせているより、念仏を唱えて、阿弥陀様と一つになってゆき、全てをおまかせする心境になることを目指すことをすすめたかったのだ。

そして、また来ることと、春になったら遊びに来てねと伝えて帰ってきた。