アンテシニアゴリラのひとりごと (アンテロープシニア24)
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ワールドカップ2026

自分のサッカー人生を

振り返っていますが


休憩



ワールドカップ2026が

スペインの優勝で終わり🏆


雑感を備忘録として

残したいと思います⚽️


グループリーグは

日本戦以外はフルタイムで

ほとんど観ていなくて

ダイジェストで軽くチェックして。


ベスト32から

(日本代表の敗退から)

強豪国を中心に

観ていました📺


まずは我が日本代表を

倒したブラジル🇧🇷


なんと次の試合で

ノルウェー🇳🇴に

『ちゃんと』負けました⚽️


ノルウェー🇳🇴は

ハーランドばかり注目されていましたが

各選手、しっかりとした技術があり、

またブラジル相手にも

まったく怯むことなく勇敢に戦いました⚽️

(でなきゃ勝てない)



グループリーグ初戦で

日本と引き分けたオランダ🇳🇱は

ベスト32でモロッコにPK負け🇲🇦


グループリーグ最終戦で

日本と引き分けたスウェーデン🇸🇪は

ベスト32でフランス🇫🇷に

何もできず

3対0の完敗


ブラジル🇧🇷に勝ったノルウェー🇳🇴も

ベスト8でイングランド🏴󠁧󠁢󠁥󠁮󠁧󠁿に

逆転負け


同じくモロッコ🇲🇦も

フランスに🇫🇷に力負け⚽️



ベスト4に残った4チームが

FIFAランキングベスト4という

ワールドカップ史上初の

展開となりました⚽️

試合数が増えたので、選手層が厚い国が

勝ったということですね



さぁ迎えた準決勝

フランス🇫🇷対スペイン🇪🇸


事実上の決勝戦とも言われた試合は

スペインが圧倒する

まさかの結果となりました⚽️

スペインが大好きなアンテシニアゴリラも

さすがにこの結果には驚きました🫢



もうひとつの準決勝

イングランド🏴󠁧󠁢󠁥󠁮󠁧󠁿対アルゼンチン🇦🇷


過去に政治的にも

サッカー的にも因縁がある両者の戦いは

驚異的な粘りを見せたアルゼンチン🇦🇷が

勝利しました⚽️


しかし、アルゼンチンは試合後に

数名の選手がピッチ上で

政治的な弾幕を掲げるという醜態を

晒しました。


あらためて説明すると

FIFAは、スタジアム内やピッチ上での

一切の政治的、宗教的、個人的なメッセージの表明を禁止しています。


当然のことです。

明確に違反したアルゼンチン🇦🇷


しかしながら、FIFAは

違反した選手、アルゼンチンを

処分しませんでした。


またベスト32で

アメリカの選手が退場となり、

本来なら次の試合は

出場停止となるはずが

なりませんでした。


アメリカとFIFAの癒着が

噂され

なんだか腹が立つというか

冷めましたが


迎えた決勝戦

スペイン🇪🇸が

アルゼンチンを

120分間で

シュート2本という

圧倒的なゲームコントロールを見せて

優勝🏆


試合終了後に

一部のアルゼンチン選手が

暴力をふるうという

恥の上塗りをして大会を去りました

(メッシがかわいそうだった)

その行為についても

FIFAの対応は遅く、曖昧です。



まぁ

なんやかんや言っても

スペインは強かった🇪🇸



スペインのサッカーと言われれば

しっかりとボールを繋いで

ゲームを支配する

ポゼッションサッカー⚽️


あのフランスは

ファウルすらできず

アルゼンチンは

ファウルやラフプレーでしか

止められなかった


優勝を決めた試合が

世界新記録の公式戦38戦無敗✨


そのスタメンに19歳が2人‼️


いやぁ凄すぎる⚽️





今回のワールドカップで

あらためて感じたことは

サッカーに偶然は

ないということです。


ひとつのプレー、ゴールを

切り取り、『まぐれ』だとか

いう人もいますが、

『必然』です⚽️


だからこそ

トッププレイヤーは日々の研鑽を

怠らないのです


『人間は裏切るけど、

サッカーは裏切らない』


とっても良いワールドカップでした⚽️




ククレジャのユニホーム24

欲しいな🇪🇸





高校サッカー②

母ちゃんのおかげで

高校でも

サッカーを

続けることができたわけですが


高校に

入学、入部する前に3月中旬に

サッカー部の練習に

参加して

目の当たりした高校サッカーの

レベルの高さは

想像を絶するものでした⚽️



今回、

こうやって自分史みたいな感じで

書いていて

振り返ると、


いま

振り返ると


いま

振り返るとですが


当時

自分が

ぜんぜんサッカーで

通用すると考えてなかったのに


そんなことより


学力で

行ける高校が

無いかもしれないことを

ウチの母ちゃんは


『あんた どうするの?』

言ったことは

ありませんでした。





入学を控えた3月下旬

2、3回

練習に

参加していると

まさかの展開となりました⚽️











高校サッカー①

中学で

サッカーも上手くなく

勉強もできなかった自分が


母ちゃんのおかげで

信工に進学して

サッカーを続けることに

なりました。



しかしそれは

想像に及ばないほど

レベルの高い場所でした



入学前に参加した練習で

とんでもないところに来てしまったと

思いながら

辞めるわけにはいかないと思っていました⚽️




高校サッカー⚽️

記憶が曖昧ですが


初めて参加した

高校サッカーの

衝撃的な光景を

目の当たりにして


塩尻から

大町へ帰り


母ちゃんに伝えました

『きっと高校3年間、

試合に出られないと思うけど

  絶対に辞めずに頑張るよ』


いま思うと

『サッカーをやっていたほうが良い』

と言ってくれた母ちゃんへの

自分なりの決意だったのだと思います


だって当時

サッカーもダメ

勉強もダメだった自分に

『サッカーを続けたほうがいい』

と言ってくれた母ちゃん


当時

その言葉には

いろんな思いが込められていた気がしました


だからこそ

そんな言葉を伝えました。


そのときの

母ちゃんのリアクションは

覚えていません💦


まぁ

サッカーを

続けさせてくれた

母ちゃんに報いるには

レギュラーになれなくても

3年間辞めないことだと

思っていました⚽️

高校サッカー(えらいとこ来てしまったなぁ)

中学校の卒業式を終えて

のうのうと春休みを過ごしていた中で


監督なのか、部長先生なのか

不明ですが、家に電話があり、

『もう新一年生のみんな練習に来ていますよ』


忘れもしない

ひとりで

特急あずさに乗って塩尻まで行き

歩いて信工まで行った あの日


信工のグラウンドでは

当時はまだ

北信越リーグだった山雅と

信工が

練習試合をしていました⚽️


小雨の中

そのグラウンドでのプレーの

激しさと言ったら

いまでも忘れない衝撃的なものでした。


そこで初めて

山雅のトップ下でプレーしていた人が

つい このあいだ信工を決勝まで

導いたN選手で

同じく信工のトップ下で

プレーしている選手が

T選手


ついこの間まで、チームメイトだった

2人が(それは俺は後で知るんだけど)

バッチバチに競り合っていました。


T選手

本当に肉眼で見た人生で

1番上手い人でした⚽️



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