ネットに次の記事が載っていました。紹介します。ニコニコ
 
 “北海道・旭山動物園の元園長小菅正夫さんは、札幌市環境局参与として動物の急死が相次いだ円山動物園の運営の立て直しに当たり、動物の繁殖や飼育員の育成に力を注ぐ。2023年にアジアゾウの繁殖を成功させたほか、旭山動物園では動物の姿を生き生きと見せる「行動展示」を取り入れ、閉園の危機を救った。動物園再生の立役者として知られる小菅さんの原点は母校・北海道大学にあった。
 「人間としても技術者としても、北大に育てられた」。アジアゾウ5頭を飼育する円山動物園のゾウ舎前で、小菅さんは動物園にささげた半生を振り返った。
 札幌市に生まれ、子供の頃は近所の空き地や公園で虫を捕まえる生き物好きの少年だった。しかし、小菅さんを北大に導いたのは、中学で始めた柔道だった。
 高校時代、親戚のつてで北大柔道部へ稽古に通うようになった。「強い人たちと稽古するのが快感で、毎日強くなっている気がした」。進学先は北大しか考えられなかった。2回浪人して合格したが、進学後は大学紛争で授業がなく、「毎日柔道をするためだけに通った」という。
 当時の北大は3年進級時に、所属する学部を選ぶ仕組みだった。心を奪われたのは獣医学部。立った馬に一生懸命針を通して手術する教授の姿を見て引かれた。
 「田舎でのんびりと虫でも捕りながら獣医師として働こう」という思いで進級したが、柔道で鍛えた太い腕のせいで牛の直腸の触診ができず、馬の手術では身長が足りなかった。獣医師の免許は取ったものの、当初描いた夢は閉ざされた。進路が決まらず、学内の掲示板でたまたま見かけた旭山動物園の獣医師募集に応募。卒業式を欠席して面接を受けて合格した。
*困った時の母校
 就職後は同僚との勉強会や読書で1日4時間勉強し、業務時間以外も動物の生態を学んだ。困った時に支えになったのは母校だった。
 休日に北大へ通い、トラの心電図の読み方を教わったり、手術に必要な器具を借りたりした。学生時代はなじみの薄かった先生も「あまりにも出来が悪かったから覚えているよ」と笑いつつ、面倒を見てくれた。
 猛禽(もうきん)類の繁殖のために、染色体の判定を学ぼうと3年間、北大の研究室に通った。教授に旭川医科大の研究者を紹介してもらい、平日の仕事終わりに旭川でも研究できるようになった。その成果で初繁殖に成功した種もあった。「さまざまな先生や仲間たちが卒業後も助けてくれた。そのおかげでやってこられた」
 1995~2009年に旭山動物園の園長を務めた。経営不振で閉園の危機に陥っていた同園を立て直す際も北大との縁は生きた。「私の目指す動物園づくりに、学部を問わず協力してくれた」と北大の研究者に感謝する。
*円山でも一仕事
 円山動物園で2015年にマレーグマなどが相次いで急死した問題を受け、動物園担当の札幌市環境局参与に就任。旭山動物園に「行動展示」を導入し、全国区の動物園に押し上げた実績などが買われ、園運営の再生を担った。野生のアジアゾウが暮らす東南アジアでの視察で得た知見を生かし、23年に飼育員が柵越しに世話をする「準間接飼育」として国内初のアジアゾウの繁殖に成功した。
 今は北大の講義でゲストとして教壇に立つ。「学生と議論ができるのはとてもうれしい。『いろいろな生き物がいてこその地球なんだ』と実感できる動物園という場所の役割を伝えていきたい」。北大や動物園で得た学びを循環させながら、後輩の成長を見守っている。”ニコニコ

 「いろいろな生き物がいてこその地球なんだ」という言葉、大事にしたいですね!飛び出すハートキューン