ネットに次の記事が載っていました。紹介します。ニコニコ

 “<書きながら自分も変化する、人生の後悔や未練…登場人物とともに生き直している感覚>
 作家のあさのあつこさんが時代小説『飛燕(ひえん)』を出しました。創作と時代への思いを聞きました。

 新作は、士族の三姉妹の物語です。長女の徳子は夫の藤十郎と平穏な日々を送っていました。ところがある時、夫が遊女と相対死(あいたいじに=心中)し…。

<現代につながる>
 「まず、三姉妹の話を書きたいという思いがありました。これまでも、おとなの話を書きたい時には時代小説にすることがありました。おとなとして責任をもち、自分と向き合う姿を描くには時代小説が合う気がします。もちろん現代とは言葉が違うし調べることも多い。でも、時代小説だからこそ書けることもあるんです。嫁いで子を産むことが義務だった時代を、女性たちはどう生きたか。女性であるがゆえの息苦しさや喜びが、現代につながる物語として、くっきりと描ける。そこが時代小説の醍醐味(だいごみ)です」

 夫の死から数年、徳子は豪商に嫁いだ妹・あぐりから思いがけない話を聞きます。藤十郎の死は暗殺だったのでは、と。やがて三姉妹は事件の裏の、藩を揺るがす真実に迫ります。

〈密事も政(まつりごと)も、わたしたちの知らぬところでなされる。そのくせ、後始末も苦労も悲嘆も覆い被(かぶ)さってくる。馬鹿(ばか)にしないでもらいたい。女だって真実を知るべきだし、真実に立ち向かう力はあるのです〉

 次女・あぐりの言葉です。

 「何をすべきか分かったら、あぐりは武家社会の慣例にもひるまない。私には到底できないけれど(笑い)、こういう強靱(きょうじん)さをもつ女性にあこがれます」

〈夢物語ではなくて、あなたが今、望んでいることでしょう。そういうの、どんどん口に出せばいいの。黙ってたって何にも変わらないんだから。口にすれば、僅かでも変わる見込みって出てくるものよ〉

 「あぐりや徳子が感じる不自由さや嘆きは、かたちを変えていまでも脈々と続いていると思います。しかも現代は、問題の所在がはっきりせず、分かりにくくなっているのが怖い。危ないなと感じます。その点、時代小説では問題を分かりやすいかたちで描けます。ささやかな物語ですが、いまの時代にこれが書けてよかった。政治と経済の面では特に、日本はまだまだ男社会ですから」

 三姉妹の、りんとした生き方がすがすがしい。後味のよい物語です。

<満足しないこと>
 「時代小説は、言葉遣いが難しい。そこは、私がデビュー以来ずっと書いてきた児童書と似ています。児童書にも、『憂鬱(ゆううつ)な』とか、なるべく使わないよう配慮しなくてはならない言葉があり、どう『変換』させるか悩みました。言葉の『変換』は大変だけど、児童書の執筆では鍛えられました」

 1991年、子育てと病院事務の仕事の合間をぬって執筆した児童文学でデビュー。4作目の『バッテリー』はシリーズ累計1000万部を超えました。

 「今回、『飛燕』を書くことで徳子やあぐりに出会え、自分もどこか変化したと感じています。成長したとは言わないけれど(笑い)、書けば自分も変化する。書かなければ知ることのなかった人生を、書きながら生き直している感じです。これは、書いた者だけが味わえる感覚でしょう。私の人生には後悔や未練もいっぱいある。でも、それが書く原動力になっています。そして、自分の作品に満足しないことが、書き続ける力になっています」(後略)”ニコニコ

   「自分の作品に満足しないことが、書き続ける力に」と言うあさのあつこさんのこれからの作品が楽しみです!飛び出すハートキューン

 *あさのあつこ;1954年岡山県生まれ。『バッテリー』で野間児童文芸賞、『バッテリーⅡ』で日本児童文学者協会賞、『たまゆら』で島清恋愛文学賞

 

飛燕