ネットに囲碁棋士Kさんのコラムが載っていました。紹介します。![]()
“才能という言葉は、とても便利です。
うまくいく人を見たときも、うまくいかない自分を見たときも、私たちはついその一言で説明したくなります。子どもの頃の私も、自分より年下で強い相手に負けたり、自分が思うように打てなかったりすると、「この人には才能があるのだろう」「自分には才能がないのかもしれない」と考えることがありました。
私は囲碁のプロ棋士になることができましたが、そこに至るまでには、たくさんのライバルたちに追い抜かれました。頑張っているのに前に進めている気がしない。誰かの成長がまぶしく見えて、自分だけが取り残されていくように感じる。そんなとき、才能の差なのだろうかと思ってしまうこともありました。
けれど、長く囲碁の世界にいるうちに、私は「天才」という言葉を簡単には使わなくなりました。天才のように見える棋士たちも、努力をしないまま強くなったわけではなかったからです。たくさんの人が、人知れず考え、悩み、積み重ねていました。結果だけを見れば軽やかに先へ進んでいるように見えても、その裏にはそれぞれの時間がありました。
人には向き不向きがあり、成長の早い人も遅い人もいます。若いうちから伸びる人を、才能があると呼ぶのかもしれません。でも、その才能を本当に遠くまで連れていくのは、やはり変わらない毎日の積み重ねなのだと思います。だから私は今、誰かを天才と呼ぶとき、その人が重ねてきた努力の時間も一緒に思い浮かべるようにしています。”![]()
「その才能を本当に遠くまで連れていくのは、やはり変わらない毎日の積み重ねなのだ」は大事にしたい言葉ですね!![]()
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