8月4日に国民栄誉賞を受けたスピードスケート女子の五輪金メダリスト、高木美帆さん(十勝管内幕別町出身)。7月には札幌医科大学で開かれた「スポーツ医学セミナー」で、競技人生を振り返りつつスポーツの魅力や強さの秘密を語りました。![]()
「スポーツ医学にできること」と題し、山下敏彦学長、渡辺耕太教授=スポーツ医学講座=と約1時間鼎談(ていだん)しました。![]()
「スケートを始めたのは5歳。四つ上の兄が始めたのがきっかけです。留守番が苦痛で兄について行き、練習を始めました。当時は外のリンク。寒いし、足も腰も肌も痛い。あんまり楽しくないと思った記憶があります。練習で会える友達やお菓子が楽しみでした」と高木さん。![]()
その後、水泳、ヒップホップダンス、サッカー、陸上と幼少期から多くのスポーツを体験。「結果的にスピードスケートに進みましたが、いろいろやってよかったと思います。小学2年生で始めたサッカーでは心肺機能や体力が鍛えられました。ダンスではリズム感、柔軟性、けがにつながりにくい体の動かし方を学んだと感じます」と振り返りました![]()
整形外科医の山下学長が「スピードスケートは前傾姿勢で腰を痛める人が多い。どうでしたか」と尋ねると「腰が痛くて動けなかったことはありません。私はむちゃな体の使い方はしない、体を大切に扱うことを大事にしていました。スピードスケートは臀筋(お尻の筋肉)が大きくなり、よく使います。その上部が硬くなると腰の不快感につながるのでテニスボールを使ってほぐしていましたね」と応じました。![]()
中学高校時代から高木さんを知る渡辺教授は「指導者から『美帆さんは他の選手と違う』と聞いたことがある。自身はどう思うか」と質問しました。
「比べたことがないので難しいですね。でも、もし私が小中学生に伝えるとしたら、若い頃から自分の体に興味を持つことを勧めたい。私は高校生の頃から、筋肉の名前や働きを覚えたり、トレーナーさんに問題を出してもらったり教わったりしていました。自分の体がどうなっていて、どう動かしたらいいか。その蓄積が後の開花につながったと思うからです」(高木さん)![]()
さらに、トップ選手としての心得と取り組みが話題になりました。高木さんが冬季五輪4大会に出場し獲得したメダルは10個。どう心身を整えてレースに臨んだのかを明かしました。
「レース当日に何かしてばたついても結果は変えられない。過去の失敗から学んでいます。甘い世界ではありません。週末の金土日にレースがあれば、最低でも月曜日から木曜日まで行う練習の流れの中で必要なことに淡々と取り組んでいく。次第に集中力が高まりレースに挑んでいました」![]()
疲労回復、睡眠や食事への対応にも言及しました。
「アスリートとして最大のパフォーマンスを出すため、いろいろな情報を探し、実践しては反省の繰り返しでした。食事は血糖値の乱高下が良くないと言われているので野菜から食べるように。眠れなかったら体が必要としていないんだ、と受け入れました」![]()
姉の高木菜那さんも元スピードスケート選手。共に戦う仲間であり時にはライバルでもありました。
「私の中で姉はどこまでいっても姉です。2学年上で学ぶことが多かった。スケートの技術だけでなく選ぶ道も。こういう所に進むとこういうことがあるんだと。姉なくして自分の選択は生まれなかったと思いますね」![]()
3月の世界選手権を最後に現役を引退。現在の心境を話しました。![]()
「(昨季までなら)今は一番ハードなトレーニングを積んでいる時期。それをしていない自分に違和感を覚えると思ったが意外と感じない。やりきった感、納得してスケートを離れたんだとの思いを改めて感じます」![]()
最後に、今後やりたいことや目標を語った。![]()
「多くの方の応援や支援で現役を全うできました。まずは北海道や全国を巡ってお礼を伝えたい。同時に、将来につながる自分の学びも深めたい。スポーツが体や健康に与える影響は大きい。脳にいい影響があると、現役中に読んだ本で興味を持ち、そういうスポーツ医学の活動に関われたらいいなとも思っています。私が考えるスポーツは競技スポーツと違い、生活に溶け込んでいるもの。スポーツの可能性は大きい。皆さんもきょうから新しいスポーツに取り組んでもらえたらうれしいですね」![]()
*セミナーは2025年に国公立大初のスポーツ医学講座を開いた札幌医科大学とHTB(北海道テレビ放送)が7月7日に開催。市民ら約250人が耳を傾けた。