人間と生成AIの共生を描いた是枝裕和監督映画「箱の中の羊」が公開されています。![]()
是枝監督の作品は、簡単に答えを見つけさせない。寓話的で、さまざまな思索を促します。![]()
あらすじを書くと![]()
“舞台は近未来。7歳の子どもを亡くした夫婦が死んだ子どもとそっくりなヒューマノイド(人型ロボット)を迎え入れます。妻の音々(綾瀬はるか)が息子と同じ姿をした〈彼〉にのめりこむ一方で、夫の健介(大悟)は戸惑いを隠せません。しかし音々は、在りし日の息子と〈彼〉の違いに違和感を覚え始めます。そこから生じる不協和音。夫婦は息子の死をめぐり、心の奥底に秘めてきた思いと向き合うことになります。”![]()
これまでの是枝作品でも、大切な人の死からどう立ち直るかというプロセスを繰り返し描いてきました。この映画では、亡くなった子どもがヒューマノイドとして夫婦のもとに戻ってくることで、〈彼〉と一緒に未来をつくる、というSFの設定にしました。2009年の映画「空気人形」では、人形が心を持ってしまったことから起きる悲劇を描きました。![]()
是枝監督はインタビューで次ぎのように話しています
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「元々人間と人間じゃないものの交流に関心がありました。」「直接のきっかけは、死んだ人を蘇らせるビジネスが中国で人気になっているという記事をネットで見たことです。調べ始めると、いろんな形で死者ビジネスが生まれているのは面白いなと思いました。」「死者の生前の動画と静止画を渡すとパソコン上で生成AIで作った死者と会話ができる、というサービスです」「お母さんの死を受け入れられない幼い子どもが寝る前にパソコン上でお母さんと会話をする。お父さんとしては死というものが理解できるようになったら、サービスは止めます、ということらしいんですけど…」「動画を見せてもらいました。通訳の人が『方言も完璧だ』と話していました。会話を重ねて、それをもとに、また新たな会話をすることができる。それも『お母さん、そんなこと言わなかったよ』と言うと微妙に調整してくるんですよ。自分が望む形にしか出てこない、となると、死者の存在を勝手に操作していいのか、という倫理的な疑問が生まれてくる」
そんな問題意識から、是枝監督はこの映画「箱の中の羊」では「死者は誰のものか」という問いを立て、「世界は死者のものでもある」という問題提起をしています。そして、「世界は、今生きている私たちだけのものではない。かつてそこにいた死者たちのものでもある。だから死者の存在を含んだ形で世界を捉え直す必要があります。この話がたどり着いているのは、そういうことだといいなおと思っています。いろいろと考えていただくのが一番!」と語っています![]()
ネットに載っていた映画「箱の中の羊」の感想の中から私も共感したものをいくつか挙げると![]()
・「生きている人間が、死者の存在を自分たちの都合で操作していいのか。喪失を受け入れるとは何か。」その問いに対する監督なりの答えは、この作品に詰め込まれていると感じられた。
・ヒューマノイドとして死者が蘇ったとしても、結局そこに投影して見ているのは、自分の中のその人であって、その人自身ではない。少なくとも、それは現実を受け止めるのではなく、どこかその人の死から目を背けているようにも感じられかねないが。
・人間は結局、自分の見たいもので物事を見てしまう生き物なのかもしれない。
・『箱の中の羊』はAIやヒューマノイドを描いた作品ではあるけれど、本質的には「人は喪失とどう向き合うのか」を問い続ける物語だと思う。その問いに対する答えは一つではない。
・箱の中の羊の姿が人それぞれ違って見えるように、観る人によって受け取り方が変わる作品でもある。