NHK・ETV特集「仲代達矢が歩んだ役者道」を観ました。幾多の巨匠に愛され、映画・演劇に生き、現役を貫かれた偉大な役者の人生が放送されました。鳥

   「素晴らしい俳優はだれですか」と私が聞かれたら、一番に“仲代達矢”さんをあげます。ニコニコ飛び出すハート

   仲代さんは、「生涯修業」「生涯現役(亡くなる直前まで舞台に立ち続けたい)」と言ってました。その言明通り仲代さんは、2025年11月8日死去(享年92歳)しましたが、その半年前の5月30日から6月22日まで、石川県七尾市の能登演劇堂で行われた能登半島地震復興公演『肝っ玉おっ母と子供たち』で主演を務めました。音譜キューン

 仲代さんは、映画監督・小林正樹に見出され、6部作に及ぶ「人間の條件」で主演を務め、スター俳優の地位を確立しました。ニコニコ
 黒澤明監督の映画に多数出演。私は特に「用心棒」「椿三十郎」「影武者」「乱」の仲代さんの演技が気に入ってます。!!
 また、成瀬巳喜男、岡本喜八、市川崑、五社英雄ら日本を代表する監督たちの作品にも参加しました。チューリップ赤
 舞台と映画を両輪としてキャリアを重ね、1975年には俳優を育成する私塾「無名塾」を設立しました。ほっこり
                        」
 NHK・ETV特集では20時間に及ぶ秘蔵証言を中心に、仲代さんの役者道に迫りました。 過酷な戦争体験と貧困の中で演劇界に飛び込んだ若き日、黒澤監督の信頼を得るまでの葛藤、無名塾をともに立ち上げた妻・宮崎恭子との出会いと死別、戦争というテーマにこだわり92歳で臨んだ最後の舞台などが紐解かれます。音楽家の池辺晋一郎、俳優の栗原小巻、、益岡徹、若村麻由美もこの番組に出演し、それぞれの“仲代達矢”との関わりや思い出を話しています。キョロキョロ

 

仲代さんは、最初から「天才」として完成されていたわけではありません。うまくできない悔しさを、自分を磨く力に変えたことが、後の大俳優への道につながりました。また、この番組が若い日の貧困や戦争体験にしっかり触れたのは、仲代さんの演技を理解するうえで、その原点が欠かせないからです。戦争をくぐり抜けた世代の俳優には、言葉より先に体に刻まれた重さがありますが、仲代さんの演技にはその重さが長く残り続けました。私の仲代さんに一番共感しているところです。!!キューン

 仲代さんの人生は、映画スターとしての歩みだけでは終わりませんでした。もう1つの大きな柱が、俳優養成所 無名塾です。その原点は仲代さんと妻・宮崎恭子の自宅にあった小さな稽古場で、1975年に自然発生的に始まり、1977年に一般公募を開始しました。少人数で3年間、礼儀作法から歩き方、発声まで徹底して学ぶ場として育ち、のちに全国で公演を行う演劇集団へと成長していきました。音譜

 妻・宮崎恭子は女優、脚本家、演出家として無名塾を支えた存在で、この番組紹介でも「無名塾を共に立ち上げた妻」として重要な軸になっています。仲代さんの人生を語るとき、宮崎との出会いと死別が大きな節目になるのは、無名塾が単なる学校ではなく、2人の思想と生活から生まれた場だったからです。後進育成に力を尽くしたことは、仲代さんの評価をより大きなものにしています。照れ

  私は、仲代さんが“人生の最後まで舞台という生身の場所を離れなかった事実”が、それだけで「俳優観」を物語っていると思っています。赤ワイン