プロローグⅢ
ああ、そうか、子供の頃よく線路で遊ぶ事が多かったな。
今思うと、国鉄に勤める父にあてがわれた鉄道官舎の傍らにある線路が、私の遊び場といっても良いくらいだ。
窓枠の隙間から漂う石炭の煙の臭いは、私の鼻腔を刺激して、少年時代の憧れだった蒸気機関車D51型(デゴイチ)の記憶を蘇らせたのだ。
私はその記憶を確かめるため、目を閉じてみた。
目の中には線路で遊ぶ自分の姿が、映像を見るように鮮明に映し出されてきた。
私は友人達と、駅を出発するデゴイチを見つけると、すぐに皆で官舎の前にある線路際に大急ぎで集まった。
いつものようにデゴイチが私達の傍にさしかかると、見慣れた運転士は私達に合図を送るようにゆっくりとデゴイチを走らせた。
そして、笑いながらこちらを見ると、ボイラーに溜めている大量の蒸気を一気に吐き出した。
突然濃い霧が発生したように、あたり一面が真っ白になりもう目の前は何も見えなかった。
まるで白一色の世界だった。
突然、ガタガタガタ、ガタン。線路のポイントを通過するデゴイチは、今にもレールを壊してしまうかのような大音響を発した。
蒸気の煙幕の中で、私たちは身動ぎもせずデゴイチの力強い声を聞いていた。
暫くするとあたりの蒸気が大気中に拡散し辺りが見え始めると、私達は声をあげて走り出し疲れて立ち止まるまで、デゴイチを追って遊んだものだった。
それから四十年近く経った私が、中国人の女性と知り合い、その女性の故郷で暮らすために、日本を後にした時の言い表し難い寂しさを、同時にもう一度思い起こさせる、そんな煙の臭いであった。
ガタガタと鉄製のステップが跳ね上げられる音がして、私は目を開けた。
時計の針が定刻を指していた。

列車の扉をロックした車掌達はホームに並んだ駅員達に向かって敬礼を始めた。
先頭の蒸気機関車は無骨な老体に鞭打つように、息を切らせながら懸命に煙を吐き出していた。
そして、銀色に光る二本のレールを無造作に軋ませながら動き始め、十輌程の客車を引いてゆっくりとホームを進んでいった。
古びた列車は、敬礼をしたままの駅員達の顔を窓枠に映し出しながら、スライドを見るように順送りにして私の感傷を置き去りにしたまま、北へ向かって旅立ち始めたのであった。
もう、振り返る事は出来ない。
走り始めた列車と共に、私の中国での暮らしが始まろうとしていた。
2001年も残りあと僅かな日の事だった。
※7のつく日に出来るだけ掲載しようと思っています。
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