さて。

今回の話は「横浜国立大学の講義より」とするか迷いましたが、

やはり大事な事なので、「子供を理系に育てる極意」というテーマで書くべきだろう、と思いました。

 

今回は、時代を遡って考えてみましょう。

そう、50年以上も昔です。

そこから、日本の若者の生き方も含めてね。

そこは古今東西・老若男女変わらないんです。

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1945年

日本が敗北した大東亜戦争。

(というか、アメリカに圧倒的な力で押しつぶされただけだと思っているが。)

 

その戦争当時は、理系は大人気でした。

景気が良かった訳ではありません。

なんたって、

「理系に進んで製造業や研究者になれば、戦争に行かなくてもいい」

という事だったのだから。

 

実際に、帝国大学・早慶・MARCHクラスの文系学生は、

皆学徒出陣で戦争に行かされたしね。

文学部や経済学部なんか勉強していたら、例え東大・京大に行ってても、みんな戦争で逝っちゃう。

 

そして1955年

終戦から耐えて10年。

GDPで、戦前の最高水準を上回り、

「もはや戦後ではない」と経済白書に明記されたように。

エネルギーが石炭から石油に変わり

旧財閥系企業が息を吹き返し

勤勉且つ教育水準の高い国民性も相まって

超・円安相場(1ドル=360円)という流れの中で、世論はどうなったか、と言うと

理系は超・大人気だった。

なにせ天然資源が乏しい日本は、

原料を輸入して工業製品を作って輸出する。という、

製造業や加工業に頼るしかなかったからだ。

 

とにかく優秀な技術者と研究者、工員が必要とされ、

工学部、理学部、農学部といった理系学部は引手あまたとなり、

製鉄、造船、自動車、家電、化学といった分野は、

あれよあれよという間に

世界のトップクラス

となったわけだ。

 

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1955年~1990年

とにかく現代では信じられないだろうが、

 この間には、

「神武景気」

「岩戸景気」

「オリンピック景気」

「いざなぎ景気」

「列島改造ブーム」

「バブル経済」

といった好景気が立て続けに発生した。

 

そして経済が安定し出すと

文系の就職率も高まってきます。

テレビや新聞などのマスコミ関連

出版や広告など

商社、大手スーパーなどの小売業、流通業

そして銀行や証券、そして保険会社などの金融業

 

そして起こるのです。

理科系の人気が衰え

文科系の人気が逆に高まる、ということが。

 

そして学生たちの間にも

「楽をして生きたい」

という気持ちが生まれました。

 

苦手な理系科目をしてまで理系に進みたくない。

文系でも就職先は選べる。

理系に進めば実験やレポート提出が大変そうだ。

それよりも文系科目だけやって大学に入り、

思い切り遊びたい。

 

そして、ついにやってきます。

1985年、プラザ合意を受け

膨れ上がったマネーが市場にどっと流れ込み

日本経済は崩壊への道を進むことになります。

(当時これに気付いている人は皆無に近かった)

 

そうして遊んでるうちに、花の1980年代はバブル経済に突き進み、

1992年のバブル崩壊後の世界に突き進んでいくんです。

 

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・・・何でこんな話をするのか、というと

理系嫌いがはびこった理由がここにある

わけです。

 

続く