先日大いに語ったハチ公ですが、生前のハチ公は
定位置で全く動かなかったんですが、
ハチ公像は、あちらこちらに移動しているんです。
当時から周囲の街並みは変わり、
(背景で「東横百貨店」や「山一證券」などがわかる。当時からあの前足はピカピカだったのか!)
一時なんか、渋谷駅の方を向いてない時があり、市民の注意ですぐさま駅に直面するようになった。
さあて、問題の太宰府天満宮だが、
これは御手水前にある「麒麟」(きりん)と「鷽」(うそ)の銅像だ。
建立は「寛永10年」(西暦1634年)とある。
江戸初期の徳川家光の時代で、鎖国制度が本格的になり、
武家諸法度などが厳格に実施されるようになる時期に当たる。
これも金属供出に目をつけられ、誘拐ならぬ融解の危機にあった。
実のところ、この麒麟、2体あったのだ。
その日、日本軍がやって来てトラックに2体乗っけて去っていった。
氏子らはとても悲しかったであろう。
ところが!
その内の1体は、すぐに戻って来たのだ。
飛梅伝説みたいな話だ!
あの伝説、もしかしたら鷽ならぬウソではないのかも。
ここ大宰府には、そういう話があちこちにあるからなぁ・・・
おそらく、
その軍の兵士の中に
「これは溶かしちゃマズいのじゃないのか?」
と思った兵士がいたのだろう。
そこで
『2体あるんだから、1体でいいんじゃないか。』
と考えていたのだろう。
相対する狛犬のような2対のキリンも見てみたかったが、
一体でも残ったことを喜ぼう、と思う。
実はこの時(金属供出時)に、ちょっと傷ついた場所を発見した。
ほら、ここね。
ここは銅像自体に傷があり、大いに凹んでいる。
コンクリートで修復はされてはいるが、いささか哀れではある。
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余談にはなるが、この麒麟の銅像を一見して
「この銅像を譲ってくれ!金はいくらでも出す!」
と言った者が現われた。
泣く子も黙るその人物とはトーマス・グラバー。
あの幕末の志士を支えたスコットランド人であり、
長崎の名所・グラバー邸の住人であり、開港1年目にして完成した。
世界に名だたる武器商人である、
香港を拠点とするジャージン・マセソン商会の代理人である。この時若干21歳。
最初はグラバー邸の屋根裏部屋で、こっそり武器を取引していたが
武器の他にも炭鉱採掘や日本初のそろばんドックもイギリスから導入し、
薩長土肥(薩摩、長州、土佐、肥前)に肩入れしていたが、
彼らの快進撃はグラバーの予想の斜め上をいき、
鳥羽・伏見の戦いであっさりと勝敗はついてしまった。
大規模な内戦はなく、仕入れた武器や艦船は行き場を失い
ビジネスの拡大を望んでいたグラバーの目論見は外れ、
天下の「グラバー商会」はあっさりと倒産してしまった。
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その後、失意のうちに帰国・・などしなかったのだ!
その後もアドバイザー業なども引き受けて、三菱の補佐として大いに活躍した。
当時の三菱の社長の給与が600円(約100万円)の時代に
グラバーの顧問料はなんと730円(約130万円)にもなったのだ。
そしてジャパン・ブルワリー(現・キリンビール)の商標をどうしようかと考えていた矢先のことだった。
この凛々しい麒麟と言う日本の神獣の姿にほれ込み、その姿を商標にしたいという。
なるほど。その気持ちは解る。
だが、当時の太宰府天満宮の宮司はグラバーの提案を断固拒否。
簡単に売り渡したりするようなものじゃない!
銅像の受け渡しはボツになった。
が、そこで諦めるグラバーじゃなかった。
当代の絵描きを大勢雇い入れ、こぞってキリンの絵を模写した。
そして決まったのが、例の絵だ。
ひょんなところで歴史的なものがころんでいるのだな。大宰府と言うところは。
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ここで鷽(うそ)について。
なんで鷽が「神獣」と並んでいるのか、と言うと、
菅原道真公が大宰府に左遷された時、
無数のハチの襲撃に遭い、困ってたところ、
この「鷽」の群れが現われて、ハチを追い払った、
という伝説のため。
しかし、何度も「伝説」と言う言葉を使っているうちに、
あながち「真実かも・・・」と思ってしまうのが怖いところだ。
しかし、このデフォルメはひどい。
これはまだ許せる。
が、ここまで来ると
全く実物が想像できない。
気を切り倒した後の切株で作るとは。
作り込んでいくと、最後にはこうなるわけだ。
後ろから見ると、少しはマシかも。
なぜに銅像の後ろに石像があるのか、と言うと、
礼の「金属供出」で銅像が持ち去られてしまった。
「鷽」がないと寂しい、ということで仕方なく石像を作ったそうだ。
後から、博多商人の力で銅像が再登場した、ということだ。
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色々と語らせてもらったこの数日間、
一緒になって天満宮や渋谷の散策をしているような気がして嬉しかったです。
また次回から
勉強のネタで騒ぎますので、またの日に!
あ、そうだ。
仮殿の撤去される期日は、
明日(16日)までですからね!












