来年の令和9年、
菅原道真公が亡くなって1125年

御祭神 菅原道真公|太宰府天満宮

その際に大きな祭を行うので、この際本殿と楼門の屋根の

檜皮葺(ひわだぶき)を補修し、

124年振りの本殿の大改修をやろう、ということだ。

 

今回は大学以来の歴史ブーストが大爆発するぞ!

 

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はて、124年前と言えば。

そーとーな大昔だぞ。

ただでさえ歴史が深く息づいていることを感じる大宰府。

坂本龍馬                        西郷隆盛

坂本龍馬の肖像写真[02003000341]の写真・イラスト素材|アマナイメージズ西郷隆盛 - Wikipedia

その他、三条実美・木戸孝允・伊藤博文などが集まって

秘密の談義をしていたそうだ。

その場所こそが、延壽王院。

あの太宰府天満宮の宮司・西高辻氏の邸宅だ。

この牛の頭をなでると、頭がかしこくなるといわれており

参道の曲がり角にある邸宅だ。

礼の牛の銅像の後ろにある。

邸内には、「五卿遺蹟」と書かれた立派な石碑も建っています。

「五卿遺蹟」とある。

 

薩長の志士たちも大勢集いて参道の旅館にやって来た。

(松屋などは、西郷隆盛の感謝状を展示してある。)

 

ちなみに今、土産物屋やカフェなどになっているが

当時はほとんど全て旅館だったらしい。

数年滞在していた、ということは、

明治維新は大宰府が発祥の地

とも言えるわけだ。

 

しかし西郷隆盛という漢。

自分のことは全て投げ打って

奄美大島への遠島の際も、妻の為に

家を建てて近所の子供たちへの教育に

京都から追放された公卿がいると聞けばその便宜に、と

私財を投入することに何の迷いもなくやってのけるとは!

 

・・・・ということは

あの天然記念物の大楠も見たことだろう。

(当時はそんなに大きくなかったはずだが。)

 

そしてあの「麒麟の銅像」も!

 

続く