先日、世界史選択の生徒に尋ねられた。
「なぜ日本は植民地にならなかったのでしょう?当時のスペインやポルトガル、米国なら簡単にできたでしょうに。」
いい質問だ。
日本が植民地にならなかった理由とは、主に2つある。
①識字率がものすごく高かった。
支配階級たる武士はともかく、一般庶民の女性や子供すら読み書きができたことだ。
そのため、江戸幕府は正確な情報をくまなく伝播することができた。
フィリピンやベトナムではこれが無かったため、キリスト教の布教と共に軍隊がやって来て植民地化された。
「植民地化されたのは、キリスト教徒になれたことをもって余りある福音をもたらした。」
「現世の苦しみは、来世での幸福を約束された代償なのだ。」
などという言い訳を言って事欠かなかったのだ。
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②近代化が欧米以上に進んでいた。
今から170年前の1853年、神奈川県浦賀にペリー率いるアメリカ艦隊4隻がやって来た。
「泰平の眠りを覚ます蒸気船 たった4杯で夜も寝られず」と、江戸じゅうで大騒ぎになったと言われるが
そんなことは大げさすぎる。
皆「初めて見る白人(外国人)にびっくりしていた」というだけだ。
日本の近代化は、ポルトガル人の鉄砲伝来以来進んでいたのだ。
その300年ほど前の1543年、種子島にポルトガル人が来航し、鉄砲というものを披露した。
当時の領主・種子島時尭(ときたか)はその性能に驚いた。
ポルトガル人「どうです?買いませんか?」
種子島時尭「よし、買おう!」
ポルトガル人「では、何百丁ほどご所望でしょうか?」
種子島時尭「2丁だ。」
ポルトガル人「?・・・・わかりました。」
なぜ2丁買ったのか?
それは1丁目は使うため。
そして2丁目は、分解して調べ、自作するためだ。
1丁を種子島の刀匠に渡し、たった一か月で国産化に成功。
それから100年。
日本が内戦状態にあった戦国時代、それを聞きつけたポルトガル人が鉄砲を大量に抱えて再び来日すると・・・
戦国時代末期には、日本は「世界一鉄砲を多く保有している国」としての地位を築いていた。
そして、江戸末期には、欧米諸国の支配、という情報を早くつかんでいた。
一方、中国ではどうだったか?
技術導入は行ったが、庶民の識字率の低さからそれ以上は進まず
結果として日清・日露戦争の際に負け
香港、そして澳門(マカオ)などを欧米諸国に植民地に獲られてしまった。
極め付きはアヘン戦争だ。
軍事力もないくせに英国にケンカを売り、完膚なきまでに叩き潰されてしまった。
なぜ日本が植民地にならず、東南アジアやフィリピンが植民地化されたかを考えると
これは奇跡でも何でもない。
教育の差と国家の基礎体力の差が決定的だった、というわけだ。