地元の「ある偏差値50未満の高校」の合格実績を見てちょっと驚いた。

その高校は国公立大学にも毎年数人の合格者を出している。

しかし、それは普通科ではなく、商業科からの「商業枠」として、毎年1人だけ国立大学経済学部への推薦枠で合格しているだけだ。

 

だが、その年は違った。

何と「過年度卒」の合格実績があるじゃないか!(つまり浪人して合格した、ということ)

機会があれば、その卒業生とじっくり話をしたいくらいだ。

 

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例え低レベルな高校でも、学年トップとなれば、その高校のレベル(合格最低ライン)に無関係に優秀である。

しかし、その高校生活はやや苦しいものだったろう、と想像する。

 

これは「『成績が優秀である』『志望大学に頑張って合格した』ということが、その個人の価値として第一義に認めてもらえない」環境下にあることが原因だ。

勉強が出来ても、誰も褒めてくれないのだ。

進学校の塾生(その進学校の特進クラス生ではない)が、私にこうつぶやいたことがある。

 

「頑張って成績を上げ、特進クラス生の平均より上位の成績を出したにもかかわらず、それを周囲のクラスの友人に言っても、誰も自分に共感して『スゴイじゃん!』『頑張ったな~!』と言ってくれる人がいない・・ちょっと辛いです(;´ω`)・・・」

 

頑張って結果を出したことを友人に言っても褒めてもらえない・・・・・

人間として、これは相当苦しいことだ。

 

非進学校にいても、何かのきっかけで「医者になりたい!」「学校の先生になりたい!」と思うこともあるはずだ。

しかし、その思いはなかなか長続きしない。

「周囲の理解」が得られないからだ。

 

「ハァ(゚д゚)?じゃ、なんでもっといい高校に行かなかったの?!」

こういう言葉が友人や両親から返ってくる。

 

本当ならば、非進学校の方が「学校の縛りがキツい」(大量の宿題や予習を強制し、自分流の勉強をする余裕を無くしてしまうこと)ことがあまり無い為、学校のレベルに関係なく志望校を決め、独自に参考書や問題集を選んだり、塾や予備校に通って成績を勝手に上げることは容易なはずだ。

 

しかし、塾や予備校に行くと、はるかに優秀な高校の生徒ばかり・・・

自分の非進学校の制服を見る周囲の視線がやたら気になる。(それは全くの思い違いなのだが。)

「こんなところにいるのは『場違い』じゃないのか?」と思い始めたらとたんにやる気も失われる。

 

高校入試で諦め、進学した高校で志望校選びに諦めていてはあまりに惨めではないか。

そこで提言させてもらいたい。

①「中学生へ」・・・・望みうる限りハイレベルな進学校を目指そう。

夢があるなら、「そういう夢を持ってる生徒が沢山いる進学校」に進めば、その努力を認め合い、共に頑張れる「真の仲間たち」が得られる。
そんな夢がなくても、「その夢を見つけた時の為」「未来の自分を落胆させないため」に難関校を目指すのだ。
『ドラゴン桜』でも「バカとブスは東大に行け!」と言ってたではないか。

②「高校生へ」・・・・やはり周囲が呆れる程の高望みな進学先を選ぼう。
その方が勉強のやる気が増すし、合格したら「根拠のある自信」が得られる。
仮に将来「志望校を下げる」ことは可能だからだ。(十分な学力があるだろうから)
 

しかし、高3の秋になって、突然志望校を上げることは限りなく不可能に近い。
その受験を競うライバルたちは遥か前方を走っているから、並大抵の努力では追いつく事も難しいからだ。

 

あくまでも「自分の人生の主人公」は自分以外にいない。

諦めたくないなら、今すぐ動こう。

将来の自分をガッカリさせないために!