こんにちは
「生きることを楽しむ」をモットーに
自分も学べて読んでくださる方も学べる
「心も体も自由でいたい」を提案する
自己啓発大好きのnobuです
記事を読んで共感してくれたら嬉しいな
もしよろしければ
記事にコメントください
すべてありがたく
読ませていただきます
それでは今日の気付きを書きます
欲しいものが出てこないお店にはいかないよね
あなたはここ何年かでファクシミリというものを
使ったことがあるでしょうか
リモートワークなど働き方が大きく変化している
昨今ですが紙を使って情報をやり取りするという
通信方法もそろそろ終わりに近づいている
のではないでしょうか
企業の中にはまだファクシミリの機器を置いた
ままにしているところもあるようですが
これは顧客側の高齢者対策(商品申し込みなど)
として仕方なしに採られているもので
できることなら無くしてしまいたいというのが本音の
ようです
新聞という媒体もこれから消えていく運命にあるよ
うです
それは2020年度に総務省から発表のあった
情報通信政策研究所の調査結果をみればわかるの
ですが
平日における「主要メディアの平均行為者率」の
中で新聞に触れる10代の割合は2.1%で
20代でも5.7%しかなく今後ともその割合に大きな
変化は見られないだろうと推測できます
以前は新聞購読をする割合が低いことを取り上げて
「若者の活字離れが進んでいる」などと大々的に
キャンペーンを繰り広げていましたが情報はお金を
出さなくてもネットで収集できるとかブログは毎日
のように目を通しているといった人の割合が多いと
わかり新聞離れの原因が活字離れではないことがわ
かってしまいました
以前から新聞が他の媒体と比べられることはありま
した
テレビが瞬時に情報を提供できるのに対し新聞が
同じ情報を発信するときにはすでに新鮮味は薄れ
価値そのものが下がってしまうことになります
それでも新聞はテレビのように表面だけでなく
情報を深堀して微細な事柄についても触れることが
できるところに強みがあると主張してきました
何よりも瞬発力がない代わりに時間制限という縛り
がないため情報の幅が広く生活情報から政治経済や
世界情勢といった多岐にわたる情報を送り続けるこ
とができるのも大きな強みでした
また新聞には論説委員による私見が掲載されて
いて一つの事象に対して様々な見方やとらえ方が
あることを世に知らしめてきました
これによって新聞を読むことは頭が良いことだと
いうイメージが定着し高齢者にとって新聞を読まない
若者は「知識がない馬鹿にしてもよい存在」となって
いったと考えられます
情報取得ツールが限られていた高齢者にとって新聞
は価値の高い媒体だったのかもしれませんが新聞以
上の情報がネットの中に存在することがわかれば新
聞に依存する必要はなくなってしまいます
例えば学校や会社で何かしらの事件が発生したとし
ますマスコミは当然情報収集のために現場へ押しか
けますがそこで得られるものには限界があります時
には取材姿勢に批判が集中することもあるので結局
は代表者の発表を待ちその情報を発信することしか
できなくなります
ところが今は個人が情報発信媒体となることが
できる時代です仲間との間でやり取りする情報
通信や匿名のSNSにこそ真実があるといわれる
ほどです
そもそも新聞やテレビが発信する情報にどれほどの
信憑性があるのでしょうか特別会計のような国に
とって都合の悪いことは報道されず当たり障りのな
いむしろ国民を扇動するために利用されているのが
実情ではないでしょうか
新聞にはその過去があって戦時中は大本営発表を
垂れ流すばかりでなく戦争賛美の論を張っていた
のです
つまり新聞社が掲げる自由などはその時々の
支配層によっていくらでも変えられてしまい
発信する情報が真実であるのかは二の次になる
可能性を秘めているのです
もちろんネットの中だけが真実であるといいたいの
ではありませんむしろネットには公にならないこと
で醜悪な情報や偏見に満ちた誤情報があふれていま
す
ひとは認知バイアスによって見たいものだけを追う
習性がありますネットを使っていればその傾向は強
くなり思考も自然と偏ってきます
新聞もネットの情報も誰かが作って誰かの意図に
よって送り出されたものです全てを鵜呑みにして疑
いを持たずにいれば送り手によって簡単に操作され
てしまいます
情報を得ることは知識欲を満たしてくれる意味でと
ても楽しいものですし誰よりも早く取得することで
優越感も満足させられますがそのことによって自分
を見失い流される場合もあるので疑うことを忘れて
はいけないですね
紀元前ローマの支配者カエサルは言いました「ひと
は自分が見たいものしか見ようとはしない」
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