『藤城実年会だより』
 平成31年3月号より転載 





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Don't Think Twice 
桜並木の面影に揺れて〜 






もうじき
桜の咲くシーズンですね。






昨年の台風の影響で、
この藤城地域だけでなく、  
伏見区の
あちらこちらの公園で
桜の木が倒れました。    
  


例えば、 
呉竹学園の横には、 
大きな桜の木が 
何本もありましたが、 
それらの桜並木は昨年の
台風により倒されました。 





ただ、
その道路向かいにある
公園の中にある
小さな桜の木は折れずに
元気に育って
いっているんですよ。






その桜の木にはね、
札が付いていて 
「福島の桜」って書いて
あるんですよね。




なぜ福島の桜が、この公園
に植えてあるのか、
詳しい経緯は知りませんが、
あの猛烈な台風の中、 
倒れなかったというのは
何らかの人の
「守りたい!」っていう
特別な配慮があったのでは
ないかと思っています。





人の心を受けて、
また春になれば
桜の心を人が感じて… 






古くから無数に、
この思いの循環が
巡っているんじゃないかと
思っています。






桜を愛する心は
時代と人を結びつけ、 
現代まで
巡り巡っているでしょ? 






今の伏見区にも
訪れたことのある
松尾芭蕉は
桜にまつわる俳句で、 
「桜狩り霞の下に
今日くれぬ 一夜宿かせ 
春の山もり」
と詠んでいます。





この句では、
春の季語として 「桜狩り」
が使われています。 



昔は「愛(め)でる」事を 
「狩り」と表現していた
ようです。 





 それにしても
「愛(め)でる」っていう
大和言葉って、
なんかイイですよね? 




平安時代の短篇に、 
『虫愛づる姫君』という
京都のお姫様が
虫の幼虫を「愛でる」
話が載っているの…
知ってはります? 





そのお姫様は周りの人から 
「気持ち悪い‼︎変な趣味は
やめなさい‼︎」って
言われても  
「このイモ虫はやがて
キレイな蝶に
なるんですよ。
誰だって蝶は美しいと
思うでしょう? 
この虫の幼虫の中に
あの美しさの本質が
入っているんですよ」って
言って周りを納得させた
ようです。 




それを原文では 
「本地たずぬる」と
言っています。  


「本地たずぬる」とは
仏教用語で 
「本質を見る」という
意味なんですけども。  




「蝶になれば皆が
美しいって言うけれど、 
あれはとても、
はかない命なんですよ」
と言っています。





 一匹の虫の幼虫からも、
蝶からも、
本質を見抜くっていう
ことが出来る…感性…   

 

自然から学ぶ感性って
生きていく中で
絶対必要ですよね? 




それを
無くした人間って… 



う〜ん…ガーン



そういえば、蝶といえば、
英語でバタフライですが、 
「バタフライ エフェクト」
 って言葉、
聞いたことありますか? 





気象学者の
エドワード・ローレンツ
による、 
蝶が羽ばたく程度の
非常に小さな風でも
遠くの場所の気象に
影響を与えるか?という 
問いかけです。




これを説明すると
紙面が
足りなくなりますので、
ご興味のある方はネットで 
調べて下さい(笑)




非常に些細な事が、
様々な要因を引き起こし、
次第に大きく
変化していくっていう
ことなんですけども。 



貴方もあるでしょう? 



蝶の羽ばたきでは
ないですが、


あの時、
あそこで
あの人に会わなければ…。 



学生の時、あの一言を
言われなければ…。 



あの時、 雨が降って
いなかったら… 


あの日、たまたま、
あぁいった
コトがなかったら…。



今の自分は
なかったんじゃ
ないだろうか?



今とは全然違う
人生だったに違いない…



あります…よね?




たった一つの言葉でも、
たった一枚の写真でも、
たった一度の出会いでも、
その後の人生に
大きな影響が
出てくることは
貴方も経験している
事ですよね。  



そう思うと、
人生って自分で選択して、
決めているようでいて、
実は最初から決められて 
いるのでは ないか?って
思う事もあります。 





洋画家の中川一政さんの
言葉に
「我はでくなり 
使われて をどるなり」
って言葉があるんですが、
その意味を仮に
「自分は神様に操られる
人形のようだ。
神様に使われて
踊るだけだ」と解釈する
ならば、
運命からは逃れられない
人間の業のようなものを
感じませんか?



でも…ね?




神さまか仏様かは
分かりませんが、
運命か決められている  
のであれば、
幸運も不運も
存分に受け止めて…




「限られた生の場」を
存分に自分の納得する
解釈で生きれば、
それって
素晴らしい人生だと
思いませんか?




自分の解釈は
カミもホトケも
介在しない
自由意志でしょ?




貴方が、
貴方として生まれてきて、
数えきれない
自己決定(選択)と、
偶然の積み重ねで
「今」に辿り着いている
という事実。





仏教でも
「縁起の法」として、
「今」も含めて、
あらゆる事象は
膨大な要因によって
作り出されていると
説かれています。




その「今の自分」を
全肯定する時間を
意図して作ってみては
どうでしょうか。




つい
考え過ぎてしまうなら、
「そこ」から具体的な
一歩を踏み出してみる…。
小さくても動いてみる。



別に難しく考えなくても、
一本の桜を愛でる時間を
持つ事で、
体が緩み、
その体感に浸るという
経験をした人生と、

 そういった時間を
持たなかった人生とでは、
後々大きな違いが
出るかもしれませんよ!
ってことです。



えっ???




今は介護中で
目先の問題で精一杯、
そんなワケワカラン
難しい事を
考えるだけで肩
がこってきた!


それよりなんとか
家族が寝たきりに
ならないように
運動させてくれ!ですか?




あぁそれなら
腕の良い
マッサージ師さん
ご紹介しますよ!




今の貴方に
訪問のマッサージ師との
出会いが有るか無いかで、
長期的に見て人生が
変わる!





……かもしれません(笑)




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