俺達はランカウイから少し、というより結構離れた町、「レイク・タウン」に来ていた。
マネージャーのロイが、年末から年明けに向かって取ってきた仕事の為だ。
その町にあるアミューズメント・パークで開かれる「ニュー・イヤー・パーティー」のミュージシャンとして迎えられた俺達は、かなりの手厚い歓迎を受け、豪華ではあるけれど何も無い部屋に泊まることになる。
昼間は、動物園や贅沢なプールに「招待」という形で出入り出来る特権を与えられ、俺はほとんどの時間プールに行き、「水の流れるハーフ・パイプをボートに乗って加速していきながら、半永久的に往復しまくる」というアミューズメントにハマり、過激な「G」で首を痛めたりしつつも楽しんだ。
そして夜は仕事の時間。
自分たちは「演奏」というよりも、ただただ「喧騒」を生み出し、同じようにフィリピンから招かれたミュージシャン仲間が演奏する、「オチョ・オチョ」という曲に合わせて、エロスを履き違えたようなダンスを楽しんだりして数日間を過ごしていた。
朝になり、首を押さえつつも相変わらず
「今日はボートの立ち乗りに挑戦しよう!」
と思って歩いているときに、旅行で来たであろう、海外から来た青年二人と出会った。
話をしてみると、二人はコノ町のコノ場所に遊びに来たものの、着いた途端に荷物を奪われたらしく、自分達の危機管理能力を恨むと共に、
「どーしよ~…。」
と途方に暮れている状態だった。
俺は、
「ココで毎晩演奏してお金貰ってて、それに参加させる訳にはいかないと思うけど、街頭ライブって形ならこの辺で一緒に出来るから、一緒に「投げ銭」稼ぐ位は手伝えるよ。」
という提案をした。
二人はしばらく考え、何か話し、俺に言った。
「大丈夫。自分たちで何とかするから、少しだけお金を貸してくれませんか?」
俺は、
(ま~払える範囲なら帰って来なくてもいーか~。)
と思いながら、いくら欲しいのか訊ねた。
すると答えは、日本の価値で言う千円位。
(それでどうやって何とかするの?)
と思ったけど、とりあえず金を渡してプールに遊びに行った。
二日程経ち、そんな出会いが有ったコトもすっかり忘れた頃に、一緒に演奏しているメンバーのミーが、
「イグアナが異常に!
そりゃーもう、異常にかわいい!」
と言い出し、
(ウゲ~、イグアナって。
マジかよコイツ、気持ちワリぃな~。)
と内心思いながらもミーの熱意に負け、あまり行っていなかった動物園に向かって歩きだした。
途中にある噴水の周りに、人だかりが出来ている。
中心にある噴水の前に居るのは、「ブリーフパンツにスイムキャップとゴーグル」という格好をしたあの時の二人だ。
二人は噴水の水を使って、「シンクロナイズド・スイミングもどき」をはじめ、集まっているギャラリー達を笑わせ、トリコにし、演技が終わると、観光客から拍手や写真や賛辞を受け、「スイムキャップ」に沢山の報酬を受け取っていた。
二人は俺に気付くと、
「あの時に借りたお金でゴーグルを買って、この噴水の前でショ-をしてるんだ!」
と言ってお金を返してきた。
俺は基本的に「バスカー(大道芸人)」を尊敬している。
それは、「自分の力で生きていく」というコトへの憧れがあるからだと思う。
そしてその事は、(俺にとって)男の子として忘れちゃいけないエネルギーの根源で、たまに出会うバックパッカーの人が、
「ダイゴはギター弾けるから良いよね。」
的な言葉をくれた時に、
「いや~、日本のミュージシャンってかアーティストは悲惨だよ。
肩書きが出来るまでは、唄う事も描く事もだ~れも望んでないんだから。
楽しむことも、参加する事も、そんな人がいる事も嫌なんだろうね。
俺が芸術の必要性を知ったのは、日本を離れてから。
すごく辛いコトや悲しいコトがあったトキに、それでも何とか生きていこうって思えるのが本当の音楽や芸術の力だと思う。
絶望も無けりゃあ希望も無い国に、想像力の無い人間が集まってたって、必要が無いし産まれないんだよ、アートもアーティストも。」
みたいな事を偉そうに語り、自分がしていることは、間違いなくカッコいいような気がして若干満足していた。
二人に再会して、俺は何かを勘違いしていた事に気が付いた。
たまに出会うバックパッカーの言葉もいちいち聞かなくていいものに思えてきた。
「荷物を奪われた」というマイナスから、金銭的にも、おそらく経験的にも圧倒的にプラスに持って行ったその行動というか挑戦に、うまく言葉には出来ないけれど、とにかく感動した。
セコい俺はしれっとお金を受け取り、首を抑えながらイグアナを見に行った。
抱き抱えてみると案外気持ち悪いもんでもなく、「異常に」とは言わないものの、なかなか可愛いもんだと思った。
(はじまり、はじまり→沖縄1