チョップダイゴな日々 -26ページ目

チョップダイゴな日々

ダラダラ遊んだり、シャカリキ遊んだりの自己チューブログでやんす。
チョップスティックの話やら、ちょこっと旅に出てたトキの話もちょこちょこっと書いたりしておりもす。
ヨロシクでがんす。

俺とショーンとエディは、神社に向かいつつ、基隆(キールン)の町にある商店街で、メシを食っていた。



すると、二人の女子高生が話かけてきた。

台北で俺たちのショーを見てくれたコトがあるらしい。

話をしながら意気投合し、そのまま5人で神社に向かう事にした。


町から離れて行き、定かではない記憶を頼りに歩きながら景色を見ていると、前に来たときの記憶がだんだんと蘇って来る。


(そういえば…、神社に行く手前の道を曲がった角に、外に木製のベンチとテーブルを置いてある、小さなタバコ屋があったハズだ。

そこに行くと必ず友達の誰かがいて、ビンロウという噛みタバコみたいな木の実をクチャクチャいわせながら、よくみんなで酒を飲んでた、、、。

まだあるかな?)


と、突然思い出し、そのタバコ屋に向かってみた。


案の定、アノ当時のままのタバコ屋のベンチと、懐かしい顔ぶれが揃っていた。


みんなも俺のコトを覚えていてくれて、一気に顔がほころぶ。


最初、田舎町に現れた白人のショーンと黒人のエディに警戒していた感じはあったけれど、俺の友達であるということと、ついてきた女子高生二人がうまく説明してくれた事も有って、すぐにうちとけた。



そのままそこで大宴会。


その場所では恒例の、甘ったるい酒を回し飲みして、その酒がどうにも体に合わなかったらしいショーンが吐きまくり、暗くなったところで女子高生二人を友達 の一人が車で送ってくれ、エディは

「初めて台湾の人達の生活の中に入って酒を飲めた!」

と喜び、俺はみんなと別れてからの二年間にあった出来事の話をした り、聞いたりしていた。


そうこうしているうちに、こうして台湾のみんなと出会えたきっかけを作ってくれ、生きる気力を与えてくれた一番の恩人である、神社のおじさんも来た。


俺達は場所を神社に変えて、飲みまくって吐きまくったショーンは酔いつぶれて眠り、友達たちも帰って行き、いつの間にかエディも眠り、お互い言葉が分からないはずの俺とおじさんは、遅くまでしゃべって夜を明かした。


結局、その日俺達はそのまま神社に泊めてもらい、翌日ショーンとエディは台北のラブホテルに戻り、残った俺はみんなと町に繰り出して、日本のチャンバラ映画の傑作、「七人の侍」と「座頭市」のDVDをプレゼ ントしたり、小雨の中、山に連れて行ってもらったり、

「台湾人と結婚して、台湾にすめ!言葉も覚えられるし、日本に彼女もいないんだろう!?」

と的を射て、皮肉とも取れるような、うれしい冗談を言ってもらったりしながら、数日間お世話になった。


お礼を言って帰るとき、

「次に台湾に来たときでも、ひょっとして結婚が決まったときでも、そう…、特に何も無くても、また連絡してくれよ!!」

と言ってくれ、俺は何だか恩を返すどころか、救われるばかりで、いつもお礼を言うコト位しかできないなぁと思いつつ、

「大謝謝你了(タイシェイシェイニンラ)!!」

と叫んで、台北のラブホテルに帰って行った。




数日後、休暇の終わったエディと別れた俺とショーンは、空港の前でブルースを弾きながら、時間をつぶしていた。

一ヶ月有ったビザも切れそうになり、台北で裕福になった俺達は、次の国へ行くことにしたのだ。


タイ、バンコクへ。












(旅の話、はじまりはじまり→沖縄1