【AKB】06.運命が変わった日。(平田梨奈:歴史編) | 万願寺唐辛子のブログ

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48グループを卒業するメンバーのブログまとめを中心に書いています(大島麻衣→松井玲奈→須田亜香里・高橋朱里・堀未央奈・矢作萌夏・冨吉明日香・本郷柚巴・SKE48推し)

2016年8月13日(Twitter)


明日で握手会終わりか。。。


全然実感わかない。


思い出の写真♡


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平田梨奈



2016年8月14日(Twitter)


握手会残り3部頑張ります。


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平田梨奈



2016年8月14日(Twitter)


本当に幸せものです♡


ありがとうございました♡♡


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平田梨奈



2016年8月24日(卒業公演で読んだファンへの手紙)


実は皆さんにお手紙を書いてきました。


読みます。


ファンの皆さんへ


6年前、私はアメリカに住むごく普通の12歳の女の子でした。


人前で歌ったり、踊ったりするのが好きで、日本のオーディションをいくつか受けたけど‥


一次審査に合格しても、ママが反対して二次審査を受けさせてもらえませんでした。


AKB48の一次審査に受かった時、反対する家族を一生懸命説得して、たった1人で飛行機に乗って日本にやってきました。


それが私の運命を変えた出来事でした。


私は、2011年5月22日にAKB48の12期研究生としてデビューしました。


最初の頃は日本語が全然喋れなかったし、人に迷惑かけてばっかりで、つらくてほんとに辞めたいって思った時期もありました。


でも、漢字ドリルをやったり、わからないことを周りの人に聞いたりしてるうちに普通の会話もできるようになりました。


人より周り道が多かった分、昇格も遅くて研究生時代はたくさん苦しいことがありました。


でも、ファンの皆さんに支えられて私は頑張ることができました。


コンサートのサプライズ発表でずっと入りたかったチームKに昇格できた時の喜びは今でも忘れられません。


皆さんが「やっぱひらりーはチームKだね」って言ってくれたのも嬉しかった。


それからしばらくして組閣で私はチームBに行くことになりました。


正直、何で私が大好きなチームKを離れなきゃいけないんだろうって悲しかったけど、


その頃の私はチームBになったのは何か理由があるはずだと自分に言い聞かせたのを覚えています。


最初の頃は不安で、チームBの平田梨奈に馴染めなくて、倉持明日香さんが居なかったら私はもっと早く卒業していたと思います。


でも、今では私がチームBになったことは意味があったとわかります。


たくさんの先輩が色んなことを教えてくれて、色んなことを学べて凄い感謝の気持ちでいっぱいです。


そして、今のチームAでは悔しいことがいくつもありました。


でも、だからこそ私は強くなれたし、チームAにいた時間は短かったけど濃くてたくさんのことを学ぶことができました。


チームK、チームB、チームAと3つのチームにいた5年5ヶ月ぐらいのAKB48としての平田梨奈は色んなことを勉強しました。


たくさんのお仕事をやらせていただき、それは他のメンバーにはできない私だけのお仕事だったり、私がAKB48だったからできたお仕事だったり。


だからこそ私はこれから先、1人の平田梨奈として活動の場所を広げて頑張りたいと勇気を持つことができました。


大学に行って勉強してもっとチャンスを広げたい。


悔いのない自分らしい人生を送りたいと思います。


私は握手会やイベントで皆さんと会うのが凄く好きでした。


みんなとお話するだけで頑張れるし、いつも元気をもらっています。


そして、もちろんこれからも皆さんは私についてきてくれて私に元気をくれると信じています。


5年後の私、10年後の私の前にも皆さんがいて、「あの頃はこうだったよね」って笑って話していると思うので、サヨナラは言いません。


これからも皆さん、平田梨奈の応援をよろしくお願いします。



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平田梨奈


《平田梨奈:歴史編》

おわり