私は「僕のヒーローアカデミア」、つまり「ヒロアカ」という漫画を読んでいる。
クリスチャンである私が、どこか人ごとに思えないキャラクターがエンデバーだ。
自分の強欲さ、自己保身のために家族を犠牲に、No.1ヒーローを目指して生きてきた男。
そんな彼のせいで家族はボロボロ。
子どもたちにも奥さんにも深い心の傷がある。
そんなエンデバーの家族、轟家の末っ子が焦凍である。
彼は主人公デクと同じクラスで、友情の大切さ、人を想うあたたかみのようなものを学んでいく。
この焦凍の成長によって、轟家は回復に向かう。
そして、この轟家の姿にクリスチャンである私は心を打たれる。
彼らは自分たちが良くない家族であったことを認める。
そのうえで変わろうと前に進んでいく。
特に父であるエンデバーは自責の念を常に表すようになる。
自分が悪かったこと、諸悪の根源であることを認めて、家族への謝罪をするようになる。
近年は、人生の過ちを認めることに消極的な傾向があるように思う。
「人生色々、その人にはその人の正義があった。」
「あなたの人生をまるっと肯定します。」
それがさも優しさかのように扱われることがある。
私はそうは思わない。
人は過ちに気づいてこそ成長する。
間違っても、そこから自分を入れ替えて再び前に進み始めるのだ。
これはまさにクリスチャンの生き方そのもの。
更にクリスチャンには、その先にイエス様の希望があるのだから、大胆に間違いを認めて良いのだ。
罪を指摘しにくい世の中。
その中にあって、自分の人生の過ちを素直に認めて前に進むエンデバーの姿は美しい。
その生き方の真髄がイエス・キリストにこそある。
私はそのことに確信を持っている。
ですから、悔い改めて神に立ち返りなさい。そうすれば、あなたがたの罪はぬぐい去られます。
使徒の働き3章19節