私たちは衰えることを恐れると思います。

私も高校生の頃などのことを思い返すと、今の自分の衰え方は凄まじいものを感じます。

 

アンチエイジングという言葉も有名になりました。カッコよさや美しさを保ちやすくなりました。

しかし、私たちは必ず衰えます。それは決まっています。

立場においても、衰えていく中で自分の地位が下がっていくことは仕方のない方。

 

いつまでも権力にすがりついている姿を見ることもありますが、世の中では「老害」と呼ばれてしまいます。

聖書の中で、バプテスマのヨハネという人がこのようなことを言っています。

 

「あの方は盛んになり、私は衰えなければなりません。」

ヨハネの福音書3章30節

 

ヨハネは一生懸命イエス様がこの世に来られることを宣教しました。それが彼に神様が与えた役割だったからです。

そしてその役割を全うしました。

ヨハネは自分の役割を良く理解して、自分が衰えていくことを受け入れていました。沢山の人がヨハネを称賛していましたが、ヨハネは自分が衰えていくことを受け入れていたんです。

なぜなら、自分の役割はイエス様を述べ伝えることだったから、その役割を生き切ることを大切にしていたからでしょう。

 

私たちも神様から与えられている役割があります。それは人によって違います。

クリスチャンはその神様から与えられた役割を全うできるように祈り求め、その上でイエス様が栄えることを喜びます。

だから、衰えても良いんです。私は衰えていても、弱くなっていっても、クリスチャンとして希望を持って生きていくことができます。

 

衰える自分を受け入れて生きれることは、こんなにも嬉しいことなのかと思います。

クリスチャンと言われているオードリー・ヘプバーンは次の言葉を残しています。

「最高の勝利は、自分の欠点を受け入れられ、ありのままの自分で生きられるようになったこと」

 

私にとって、衰えることは恐ろしいことではありません。