おはようございます。昨日は1年生の筋トレ日。送迎誠にありがとうございました。トレーニングの効果がでるには「6週間~8週間必要」ですが、7月からトレーニングをはじめ8月から週2回になりちょうど「8週間経過」。足の速さや打球の速さに違いは感じ始めたでしょうか。
また、中1から中2にかけては1年間で身長が8~12㎝伸びる大切な時期。ストレッチを沢山し、かつ、休養や睡眠をたっぷりとれる様お願いします。
さて、昨日のプロ野球巨人戦は「川上哲治さんの生誕100周年記念試合」。選手は全員川上哲治氏の背番号16(永久欠番)をつけて試合に臨みました。
中学生は川上哲治氏について、どのくらい知っているでしょうか。また、「永久欠番」になるような方はどんな実績を残したのでしょうか。
昨日のスポーツ報知には、往年のホームラン打者としての写真を一面に掲載。「打撃の神様」と称された川上哲治氏の
・ボールが止まって見える
というエピソードを紹介しています。
選手としての実績は、実働18年で通算安打2351本(181本塁打)と素晴らしいの一言ですが、川上哲治氏の実績はさらに監督時代の
・ドジャース戦法の導入
・V9(1965年~1973年)の偉業達成
で輝きを増したと感じます。
「ドジャース戦法」は、日本野球の代名詞でもある「スモールベースボール」や「機動力野球」の原型。貧打にあえぐロサンゼルス・ドジャースが何とか得点した1点を守り切るために編み出した戦法と言われています。
例えば、守備でのサインプレー、フォーメーションでは、
・バントシフトを100%、50%のチャージなど5種類を使い分ける
・バントシフトでチャージしてがら空きになった1塁ベースに2塁手が入り、キャッチャー牽制でアウトをとる
・2塁走者のけん制では、ルック(見て牽制)、ノールック(見ないで1・2・3の呼吸を合わせて牽制)
など、
・少年野球でも使われている戦法を導入したパイオニア
が川上哲治氏なのです。
また、川上哲治氏はコーチ登用でも才能を発揮。今でも、プロ野球の監督・コーチになるには「選手時代の実績」が物を言いますが、川上さんは、
・選手時代の実績より、選手を育てた実績を評価
・陸上の10種競技出身者をトレーニングコーチに登用
など、当時としては斬新な人選を断行。巨人軍のトレーニングコーチには、代々、陸上出身者が在籍する理由が分かります。
監督を退いた後は、「少年野球教室」の開催に尽力。1976年から1992年にかけて「NHK少年野球教室」の番組収録で全国を巡回。私も川上さんが桐生市に来てくれたことを記憶しています。
中学生には、「野球の歴史」を学び、「野球の理解を深める」ためにも、川上哲治さんの書物を読んで欲しいですね。


