9月の撮り鉄旅画像編・・・そにょ⑪ | ヘタレ車掌の戯言

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前回記事の続きです。

熊本市電の撮り鉄のあと、歩いて熊本電気鉄道の藤崎宮前駅に移動します。ここでもスマホのナビ機能を活用、歩いて10数分程度の距離です。藤崎宮前駅で停車していた電車がまもなく発車だったので乗車し、黒髪町駅で下車、前日も来た併用軌道でI撮り鉄再開。ここは午前中が順光だと、前日に来て感じたのでもう一度来た次第です。
では撮影順に・・・


6000形モハ6221efの御代志行き
6000形は1968年から1972年に製造された東京都交通局(都営地下鉄)三田線6000形を2両編成5編成譲受して導入した車両です。車体は20m級片側4扉の外板のみステンレスのセミステンレス車体で、6両編成の先頭車(全車電動車)のみを譲受しています。都営地下鉄6000形は最大8両編成で設計されていたこともあって先頭車の車号は末尾1(都営地下鉄の三田方=御代志方)と8(都営地下鉄の西高島平方=藤崎宮前方)だったため、熊本電気鉄道でも末尾が1と8になります。都営地下鉄では現在活躍している6300形の導入によって1993年から廃車が始まり、1999年までに全廃されています。1995・1996年に譲受した2編成は非冷房車のまま譲渡されたため、ワンマン改造や降圧改造(熊本電気鉄道は直流600V)などとともに冷房改造を併せて実施しています。改造は西鉄電車筑紫工場内の西鉄産業で実施されています。冷房装置は西鉄電車で採用されているものと同タイプのものが搭載、熊本電気鉄道初の冷房車となりました。当初は都営地下鉄時代のままの車号とカラーリングを維持していましたが、1999年以降一部編成で視認性向上のためなのか帯色が変更された編成や前面窓周囲に警戒色を配したカラーリングになっている編成があります。車号はATS装置設置に伴ない2001年以降、末尾に“A”が付加されています。
画像のモハ6221efは1972年に製造された車両で、2000年に熊本電気鉄道入りしています。都営地下鉄時代に冷房改造を実施済みでしたので、1995・1996年導入の編成とは冷房装置が異なります。このモハ6221efは、2014年に川崎重工が開発したCFRP(炭素繊維)を用いた新型台 車“efWING”の実用化試験車となり、車号もモハ6221Aから変更されています。また、これに併せて熊本県の公式ゆるきゃら“くまモン”のラッピングが施されています。


6000形モハ6238Aの藤崎宮前行き
1972年に製造された車両で、2001年に熊本電気鉄道入りした編成です。2005年に視認性向上のために前面の青帯が貫通扉(現在は開閉不可)にも追加され、前面窓周囲に黄色が追加されています。この編成は台枠修理を実施しているからか、台枠部分のコルゲート(波状の板)がなくなっています。


6000形モハ6118Aの藤崎宮前行き
1968年に製造された車両で、1996年に熊本電気鉄道入りした編成です。都営地下鉄時代は廃車まで非冷房だったため、熊本電気鉄道入りの際に冷房化されています。ATS設置によって車号に“A”が付き、ATS車上子保護のためのスカートが設置されましたが、前面帯は都営地下鉄時代のスタイルを保っています。


6000形モハ6111Aの御代志行き
一枚上のモハ6118Aと同じ編成です。正面がちなのでわかりにくいですが、この車両もモハ6231A-モハ6238Aと同様、台枠部分のコルゲートがなくなっています。
ここの踏切は、今や貴重となった打鐘式の警報機が残っていて、懐しい音色を発します。


6000形モハ6228Aの藤崎宮前行き
4枚上のモハ62221efと同じ編成です。efWINGは1両のみで、こちら側は都営地下鉄時代からのシュリーレン台 車のままなので、車号もモハ6228Aのままです。“くまモン”ラッピング前は都営地下鉄時代からのカラーリングに前面窓周り黄色の配色でした。

藤崎宮前駅~御代志駅間は3編成で運用されていますので、3編成撮り終えたことで撤収です。ちょうどこの頃、阿蘇山噴火との情報があったのですが、同じ熊本県と言えども熊本市内では全く気付きませんでした。

黒髪町駅から御代志行きに乗車し、北熊本駅で下車します。ここで車庫にたたずむ車両たちをIたいむ。


今日はお休みI5100形モハ5101
運用予定がなくても、構内移動に備えてかパンタグラフは上がった状態です。


6000形モハ6211A
この編成は動かすつもりがないのかパンタグラフは下がっています。前面のカラーリングは、モハ6111A-モハ6118Aのパターンに前面窓周り黄色が追加されたパターンですが、黄色の幅がモハ6231A-モハ6238Aよりも狭くなっています。


東京の地下鉄出身同士のツーショット。でも、両者が並ぶ場所も乗換駅もない関係だったり・・・
01系の側面にある水色と青のマークは一見、東京メトロのコミュニケーションマークにも見えますが、ちゃんと熊本電気鉄道の社章と“Kumamoto Dentetsu”になっていますよ(笑)


北熊本車庫・工場の構内入換車としてのこる元71形モハ71
71形は、広浜鉄道(JR西日本可部線)が導入した車両が可部線国有化により国鉄車両となった後に熊本電気鉄道に譲渡された車両です。廃車後も解体を逃れ、入換車として使われる他、イベントに使われることもあるようです。


6000形モハ6118Aの藤崎宮前行き
6000形のうち、前面と側面の帯が赤くなっているモハ6101A-モハ6108Aの編成は、2014年に自動車に衝突して台 車や床下機器を破損したため、現在は編成を分割して北熊本車庫内に留置されています。

北熊本駅から期待の“新車”01系に乗車しよう・・・と思っていたのですが、3枚上の画像にあるように、車庫で休んでいたので乗車も走行シーンの撮影も叶わず・・・来たのはある意味レアキャラのアレでした。


200形モハ201Aの北熊本行き 打越~池田間にてむ
一見、どこの馬の骨かわからないような200形は、1969年に製造された元南海電車高野線で活躍していた22000系“ズームカーで、1998年に熊本電気鉄道入りしています。熊本電気鉄道入りに際しては6000形同様、西鉄電車筑紫工場内の西鉄産業で改造されていますが、その改造内容は降圧改造やワンマン改造にとどまらず、前面形状の変更や側面の側扉新設(片側3扉化)・移設(先頭寄りの側扉をより先頭寄りに移設)などで南海電車らしさがかなり薄れています。前照灯・尾灯や車内の化粧板は西鉄電車5000形などと同じものを使用しているため、なんとなく西鉄電車の雰囲気も…。余談ですが、熊本電気鉄道は長年、西鉄電車と資本関係があったこともあって(現在は解消しています)、その影響からか他者からの譲受車の改造は西鉄産業→西鉄テクノサービスでの実施が多い他、動力車操縦者(運転士の国家資格)取得も西鉄電車に委託しています。


200形モハ201Aの車内化粧板、座席、床などは西鉄電車5000形更新車っぽいです。 北熊本駅にて撮影


上熊本駅に到着した200形モハ202A


上熊本駅で発車を待つ200形モハ201Aの北熊本行き。

この日は夕方までに福岡市内に向かう必要があったので、これで撮り鉄終了してJR九州鹿児島本線に乗り換えました。