愛することにも愛されることにも不器用で関係が成就する前に自ら壊してしまうような「女」寧子を演じるのが趣里。他人と距離を保つことで傷つきも傷つけもしないけれど、すべてをあきらめているような「男」津奈木を演じるのが菅田将暉。公開中の映画『生きてるだけで、愛。』を観ました。原作は、2006年に発表された本谷有希子の同名小説。誰かに理解されたいと願い、他者とのつながりを求めながらも、なかなかうまくいかず懸命に生きる男女の切実なラブストーリーです。
「生きてるだけで、ほんと疲れる」もともとメンタルに問題を抱えていた寧子(趣里)は鬱が招く過眠症のせいで、同棲して3年になる津奈木(菅田将暉)の家で引きこもり状態。バイトも続かず、家事をするわけでもなく、週刊誌のゴシップ記事を執筆する津奈木にコンビニ弁当を買ってきてもらう生活を送っていました。
家で寝てばかりいる寧子のもとに安堂(仲里依紗)という津奈木の元恋人が現れ、一方的に仕事を世話するといいます。安堂は津奈木に未練があり、寧子に社会復帰して自立するよう説得を始めます。どうやら、寧子が自立して津奈木から離れても生きていけるようになれば、自分と津奈木の関係は元に戻ると信じているらしい。こうして、安堂の強引な紹介で半ば強制的にカフェバーのバイトを始めるのですが……。
自分にも他人にも嘘がつけず、生きづらさを抱えてエキセントリックな言動に走ってしまう寧子という女性を女優の趣里が繊細に演じていて、津奈木との危うい関係だけでなく、バイト先のカフェバーのマスター(田中哲司)やその妻の真紀(西田尚美)とのやりとりにもハラハラ。世の中の“普通”の基準なんて、実に曖昧なものなのだと気づかされてしまいます。
ところで、現在放送中のドラマ『獣になれない私たち』(TBS系)で気になるのも、仕事も家事もせず、引きこもっている「女」と、積極的に決断できない「男」の関係。『獣になれない私たち』の場合、主人公の深海晶(新垣結衣)が4年も付き合っている恋人、花井京谷(田中圭)がいながら結婚できないのは、京谷の家に元彼女の長門朱里(黒木華)が住みついているからです。
優しい京谷は元恋人との関係が破綻しているのにも関わらず、仕事がなく、貯金もない彼女を見捨てることができない。新垣結衣演じる晶を手放したくないけれど、朱里のことも追い出せない。そして、11月7日(水)放送の第5話では、自分の家を朱里に譲ることにして、とりあえず部屋を出て晶の家へと向かっていました。
大人になったら誰もが自立して仕事を続けていくということが社会の当たり前にはなっているけれど、この当たり前の“普通の生活”を手に入れて、その普通の状態を続けていくというのは、実は今の私たちにとって、ものすごーく大変なこと。
自分の感情を押し殺して、他人が望む自分を演じることで手に入る“普通の生活”で果たして幸せを感じられるものなのか? 逆に深いところで心から誰かとつながっていられる実感があったら、不安や苦しみから解放されることがあるのではないだろうか? ラブストーリーを観ながら、あれこれ考えています。






