
血圧やコレステロールの値など健康かどうかを判断する材料となる値の新基準が、4月に専門の学会から相次いで示された。
このうち日本人間ドック学会がまとめた報告は、健康と判断される範囲が従来より広がったと話題になったが、実際はそうともいえないようだ。
学会ごとに値が異なると、患者はどちらを選べばよいのか迷ってしまう。基準値とは何なのか。それを知ることから始めよう。
「新しい基準だと薬は飲まなくても大丈夫ですよね」。高コレステロール血症や高血圧で治療中の患者が、主治医に投げかける。これに対し、「いいえ、基準は変わっていません。これまで通り飲んでください」と医師は説明に追われる。こんな光景があちこちで起きていることだろう。
■疾患予防姿勢欠く
この患者が話題にしているのは、日本人間ドック学会と健康保険組合連合会が発表した「新たな健診の基本検査の基準範囲」だ。2011年に人間ドックを受診した約150万人のうち、持病がなく薬も服用していない健康な状態にある約1万人のデータをもとにまとめた。
例えば、悪玉とされるLDLコレステロールでは、男性(30~80歳)で1デシリットルあたり72~178ミリグラムなら健康な人となる。
女性は年齢で異なるが、45~64歳なら73~183ミリグラムが健康な人の範囲だ。現在は人間ドックの判定基準が男女とも60~119ミリグラムなので大幅に広がる。
血圧や男性の中性脂肪、肝臓の指標となるγ―GTPなども大幅に広がり、「健康な人」が増える方向だ。健康診断で異常値が多いと毎年指摘されるサラリーマンらにとっては朗報と受け止められた。
これに対し、日本動脈硬化学会のガイドラインでは、140ミリグラム以上は高LDLコレステロール血症にあたる。
帝京大学臨床研究センター長を務める寺本民生教授は「LDLコレステロールが180ミリグラムを超えると他に高血圧などの危険因子が無くても危険。心筋梗塞のリスクは普通の人の3~4倍だ」と話す。
人間ドック学会などの基準範囲公表を受けて、動脈硬化学会は見解を発表。この中で「人間ドックの目的である疾患予防を目指す基準値を定めるという姿勢がとり入れられていない。国民の健康に悪影響を及ぼしかねない」などと指摘した。
4月に「高血圧治療ガイドライン」を改定した日本高血圧学会も、人間ドック学会などの基準範囲と異なっていたため、「正常の一部には要再検査、要治療が含まれると理解するのが正確」と患者や医療関係者へ注意を促した。
反響の大きさに人間ドック学会と健保連は「今すぐ学会判定基準を変更するものではない」などとするコメントを発表。調査の実行委員長を務めた渡辺清明慶応義塾大学名誉教授も「調査結果で健康の基準が緩んだというのは誤解だ」と戸惑いを隠せない。
なぜ、患者だけでなく専門家の間でも混乱が生じてしまったのか。原因のひとつは調査で使われている「基準範囲」という用語だろう。
■改定は早くて来春
これは、人間ドック受診者から糖尿病などの治療を受けず喫煙しないなどの条件を満たす「健康な人」のデータを集め、両端を除いて95%の人が含まれる範囲の数字を示している。ただし、この範囲に収まっていれば必ず健康だという意味ではないという。
心筋梗塞の場合、病気になるのはLDLコレステロール値が上がってから30年後くらい。寺本教授は「現在は健康でも、将来の病気予防は別だ」と指摘する。
一方、渡辺名誉教授も「基準範囲の数字で将来、病気にならないかは5年、10年かけて調べないと分からない」と追跡調査の必要性を認める。
混乱をもたらしたもう1つの原因と考えられるのが、調査対象の偏りだ。人間ドック学会などが「健康な人」を割り出す際に対象としたのは、人間ドック受診者。調査規模は大きいものの、より信頼性が高いといわれる対象者を無作為で選ぶ方法ではない。
また人間ドックは健康診断より費用がかかるため、「受けた人が大企業の社員など高所得者層に偏っている可能性はある」と寺本教授は指摘する。
人間ドック学会などが公表した数値はまだ中間報告の段階で、最終報告は6月の予定だ。さらに人間ドックの判定基準が改定されるのは早くて来春という。
LDLコレステロールなど「乖離が大きかった項目については検討しないといけない」と渡辺名誉教授は含みを持たせる。現時点で「健康な人の範囲が広がった」と早合点するのはよくないようだ。