ここ(ブログ)で申し上げるのは、
あくまでも本人の主観となります。
また、限られた人(達)宛に送る内容と限定しているわけではありません。
より良い人生にするために信仰を学ぼうと思う方々全てに、お伝えできるき事だと思っています。
そして、自信ある事なので綴っています。
こちらのブログの続き動画になります。
本題
空の思想については、語りすぎない方がいいと指導を受けたことがあります。
なぜなら、空とは柔軟であり、つかみ所の無いもの、議論しても意味がないし、
結局、自分で感得するものだからだと思います。体感あって理解できてくる感じ。
しかし、体系化された、情報を耳にすることで、
自分の認識の整理をする、
自分の行ってる行を自覚する、
何を目指して行っているのか確認する、
方向性を確認して、納得できる事は
有益であると考えています。
理論、数値、見える化されたも(経典など)、
名詞動詞など言葉で表すこと、
そして、実践は、自己錬成のための
自我(自己中心癖)への方便や
納得させるための道具、
通過点として有意に使えると考えます。
いかようにも変えられるは、
実践なくしては、得られないこと。
⬆️秩父曼荼羅小屋はそうだと思う。
他の講と言われる所だって、
ここで言う
『いっさいの空に対して、より良い対応ができるベース作りの実践の場』と言ってよいと思います。
全ては、因果=関係性=宇宙法則
関係性の中で、時間も空間も変化し、
結果も変化しますね。
そこに、心の作用が変われば、
現実は確実に変化します。
メタ認知、支点の使い分けとは、
視座、視野の使い分けとも言えるわけですから、自分の置かれた環境は立体的に変化して、あたかも別のパラレルワールドへシフトしたような環境になることでしょう。
(経験済み)
行を行として行い。
先達を目指す人も、信仰に関わっていたい人も、自他共に還元する仕組みが曼荼羅小屋にはありますね![]()
アピールしておきます![]()
付録
これも、学習があるか(猛勉強)、仲間と共に動くか、実践がないと、理解が深まらないことかも…。自分勝手な解釈では無理なので。
先生の言う、自分の物差しで測るだけな人。
人の話を聞くって結構 難しいよね。
意味輪郭(守破離の守、ルール、定義)を共有することによって、相手の見ている、感じている、訴えたい、輪郭(形、象)が分かってくる。
つまり、コミュニケーションにより関係性を構築し自分の立ち位置を変化させ、心願成就を目指す事が、神仏にも人間にも自然にも無理のない開運になる。
ということかと思うのよね。


