菩薩さま方々に
救われる覚悟はあるのか?
と問われてる気がする。(続)
これは、いい意味での 焦り
武者震いの前段のような感じ
天体の動きも精神に影響されてか
丙午に便乗してか
高ぶりを、無理に押さえている感じ。
私の感情なのかな?
あなたはどうですか?
余剰
好きな言葉ですわぁ
余剰がないと、成長しないからね。
余剰とは➡️余り、余裕➡️ 豊かさ
あまってるなら、与えなさい。
できるなら差しのべなさい。
が、救われるための基礎練習
そして、救う側の土台だな。
そこからだんだんレベルが上がっていく。
日本はおおむね余ってると思うけど。
曼荼羅小屋も負けてらんないw
と、いいつつも、語るだけではなくて、
苦を除くには、
実践が必要なので、その実践を、
本質を貫いたゆえに、緩やか(その人のペース)に実行できる環境を提供しているのが、曼荼羅小屋なのです。
寛容すぎて、深くは、なかなか気がつかない人も居ますが…。前向きに参加してくれていれば、時間がかかりますが変わります。
(体験談)
いつでも門扉は開かれてます。
苦を抜したい人募集中です
三句の法門
真言密教における重要な教え、
菩提心を因とし、大悲を根本とし、
方便を究竟とす
という三つの要素を指し、悟りへ至るための心のあり方や実践の原理を示します。
これは『大日経』に説かれ、自己の悟りだけでなく、他者を救済する「慈悲」の心と、そのための具体的な「手段・方法」が究極の
目的であると説くものです。
耳タコ👂️🐙なキレイな話ですよね。
聞いてるだけなら、話だけならいくらでもできる。
当たり前の仏教法話。net引用
紹介の動画でも説明してくださってます。
発菩提心が先か、慈悲心が先か、言動が先か、みたいな事なのですが…。
循環してくれれば、どこきっかけでもいいと思うんです私は。
だって、正しく筋道来てれば、一周するもの。
間違ってればつまずくし、運気が滞るものその時は解らなくとも…。長いスパンでね。
だけど、おおむね、凡夫は自我を発動して見誤るから(だから苦しむ、独りよがり)、
法をもって、菩提心とはに沿って自分を修正していくこと(自利)が先に行じた方が、迷いが少なくなりますね。という話。
他者救済するにも基盤が必要ってこと。
余剰を作るためにも。
勤行集の前段に
自分の身を定め、払い清め、
発菩提心真言があるのもうなずける。
セットで三味耶戒真言であることも納得。
師匠が、さんまやさとばん…。と常々にいうのもうなずけるね。
これは大日経(大日如来)の教えの道であり悟りには不可欠なのですね。
つまり苦を除く、余剰ある人生には不可欠といえるのですね。
そうじゃないと、開経しないのか
勤行次第一冊に、あらゆる教えが凝集してますよ。
あぁ語りたいわー。
付録
このYouTubeシリーズ③は唯識の話でした。密教知りたい!って人には有益だと思いますよ。
ただ難しいです。
唯識的思考が出来ないと難解かと思います。
これも修練ですね。