ご訪問ありがとうございます。


先日の龍王祭&新年会は

充実していました。


またお楽しみタイム(?)

も、設けられ(来年もあるのかな?)

私自身にもサプライズがあり

驚きでした

曼荼羅小屋からお受けした

贈り物は「焼香」でした照れ


そこで、「香り」について

私の思うところを少し綴ります


人間の意識は五感感覚に

大きく左右されます。

その一つに「におい」があります。

臭覚ですね。


においで心地よい所と感じれば

よい所と認識されます。

悪臭と感じれば…想像できますね。


よいにおい

わるいにおい

にも、個人差はあります。


その個人差は「場」のイメージや用途

でも変わります。


例えば、神社仏閣で

西洋系なフローラル過ぎる匂いや

生物の匂いがしたら

何か違和感ありませんか。


においからも印象や清浄感覚は

創れます。

イロイロ考察が膨らみますね(笑)



して、薫習という言葉知ってますか?


私は薫習という言葉というよりも

その言葉の背景が好きです。


薫り習う

いぶられて染み付く薫り

染み付く習慣


そう解釈すると、

お寺でお香の薫りが常にするのは

勤行や供養を常時行っているのだろうな。

と推測できる訳です。

清浄感が増しませんか?


お線香の薫りの残る境内には

お参りした人の気配や

信仰への親近感 とかとか


神仏様よかったねと言うような

嬉しさ とかとか…


いろんな思いを馳せるコトができます。



例題がお寺寄りですが、

日常生活でも探せばいっぱいありますね。

あのスーパーの匂い

あの商店街の匂い

あの駅の匂い

あの店、あの空間…


過去の記憶さえも呼び起こすニオイ



空間を清浄(だと思わせる)

配慮や演出は

思いやりだったり、

誤魔化しだったりします。


言葉にすると印象は変わります。

しかし、現象は同じです。

匂う ただそれだけです。


お寺で香水のような匂いがしても

気分がいい人にはイイトコロ

な訳です。


場のイメージと清浄も

私たち個人が創っていると言うことです。



薫習には

継続と努力を見ることができますね。



え❗そういう事ですかーーーーー

先生びっくり


ナンテコッタイ イマキガツイタ





しかし五感

香りの力は絶大です。


そして五根へ…

ナンテコッタイえーんナンテコッタイ




薫習

染み入る教えにはタイミングも

必要

それは送り手とも

受け手とも同じ


そして時間をかけてゆっくりと…

キヅキにも差がある



時間と空間と人

からの

「金光明経」

なのですね(繋がった)


金光明経を用いた品書きが入ってました。


ここは完全に個人的感覚地

感覚で理解するトコロなので

説明はナシ





完全に個人的メモになりましたが

記録する 考えを伝える

には自己の心の整理とキヅキ

があると思っているので

このまま記事にします。






結びに


サプライズキラキラ

参加よくしたね賞

ありがとうございます。

感謝申し上げます。

里宮(仮)の清浄に使わせて頂きますおねがい


これも皆様が曼荼羅小屋へ

集って頂けるからですね。

シミジミ…おねがい


道場に一番近い者として

皆様への恩返しに何が出来るか…を

模索した結果が昨年

参加日数が一番多い人となりました


は、当たり前と言えば

当たり前で…(笑)

これは自分の行なのだと思っています。


この行いを称えて頂いた事は

素直に喜び、

行いへのお褒めとし、

行いは今後またお返し活かせるように

精進致します。


ありがと~ぉラブラブ



これも場(環境)の恩恵だと思っています。


これを遠方の方にやれとは言えないし

現実的物理的にも思えない訳ですから。

参加日数が多いコトが良い事だ

にはならない訳です。


だから焼香薫習よぉ



くーぅ

これを書けと言うことだったのかなぁ


ご縁と巡りですよぉ

タイミングっ


合掌お願い